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日本国は手を抜けない  作者: 大鏡路地
東側よ滅び給え、惨たらしく死に給え
19/24

日本国は手を抜けない(19)

 満洲国を始めとする共産主義圏の国々が、隅を取ったオセロの様に赤から白にひっくり返った当時、日本国は空前の好景気に涌いていた。

 第二次世界大戦と極東戦争に於いて、生産力で負けた反動から、戦後は機械化と電気電子機器の開発に血眼になっていた日本国は、気が付けば世界最先端のロボット化・コンピュータ化が進んだ、極めてシステマティックな製造業を誇る様になっていた。

 工場に勤める工員の主な仕事は、工場に据え付けられた各種自動製造機器の管理・保守であり、会社勤めのオフィス・レディの主な仕事はコンピュータが弾き出した数字の検算であり、つまり人間に与えられる仕事のエンジニアリングが進み、一部の肉体的な労働を除いて、単純な労働では稼げなくなっていた。求められる技能は年々高度化していき、従って社会構成人口の高学歴化・少子化が加速していた。

 そうした社会の変革期を日本国が比較的容易に乗り越えられたのは、GPAによる政治的・経済的・軍事的な恩恵と、国民自身の勤勉な性質による所が大きかった。

 第三次中東戦争に於いて、極東地域の南北に長大な対ソ防衛線を担任し、満洲国と対峙し両シナ海の海賊討伐を行いながら、遠くペルシャ湾までアジア随一の大規模な支援部隊を遥々派遣し、イラン国民のみならず西側諸国からの尊敬を勝ち得たのは、ハイテク・ジャパンという言葉に象徴される様な産業や社会の高度な機械化・電子化によって提供される、安価かつ迅速で巨大な生産力によって支えられていたからである。

 そして足掛け八年以上にも及んだ戦争にも終わりが見え始めた頃、日本国の為政者達は揃って頭を抱えていた。

 否、世界中の為政者が頭を抱えていた。

 レバレッジにレバレッジを重ねて調達した巨大な資金にしろ、アホになるほど巨大化した製造業にしろ、戦争が終われば巨大な需要は短期的に消失する。

 その行き場を見つけ出さなければ、人々は職に溢れ、世界的な大不況コースまっしぐらだった。

 然るにその需要を満たす巨大な市場を見つけ出し、なんとか穏便に着地させなければならなかったのだが、それは到底イラン復興の需要「だけ」で賄える様な規模ではなかった。

 中国大陸に、経済的にド三流だが人口と購買欲だけは随一の統一国家があれば話は別だったかもしれないが、そこには長江を境とした長大な国境線で睨み合う、東側とも西側とも仲が悪く軍需、それも高度な兵器よりも歩兵に持たせる程度の銃砲弾レベルの需要しか無い、二つの世界最貧国しかなかった。

 他の地域を見渡してみても、何も中程度に発達し大抵のものは自国で賄える国力と人口、或いは世界最貧国かの二択しかなかった。最貧国を借金漬けにすればワンチャンスあるかもしれないが、その先の展望、経済的な発展を見出せないのでは問題の先送りにしかならなかった。

 適度に発展し、国民に一定の教育が施され、旺盛な需要、投資に見合ったリターンが見込める有望な市場。

 それは東側諸国の中でも国力で上位の序列に入る、満洲国や東欧諸国以外に、地球上には無かった。

 第三次中東戦争に於いて、これらの国々はイラクの側に立って大規模な義勇軍を派遣してはいたものの、教条的な全くの心の底からの共産主義圏の国々とは言えなかった。

 フィンランドは二度の芬ソ国境紛争を経験しているし、スロバキアでは「プラチスラヴァの春」と呼ばれる民主化運動に対し、ソ連の軍事介入により無惨に弾圧された確執がある。東ポーランドに至っては、戦前の正統政府である自由ポーランドの流れを汲む西ポーランド政府を無視して、カティンの森事件の真相を有耶無耶にされた挙句、強制的に国境線と住民居住地を整理され、自発的(当局発表)に結成された共産主義政権を樹立され分割されて東側に組み込まれていた、という経緯があった。

 東側唯一の帝政国家である満洲国は、極東戦争終結後にはソ連に見切りを付けていて、それら内心ソ連に隔意を抱く国々・地域に対し「来る共産主義政権の破壊の時に」「埋伏の毒となって備え、華麗に裏切ろう」と持ち掛け、足掛け三十年もの時を掛けてクレムリンやルビャンカの目を欺いて「林檎同盟」と呼ばれる地下組織を結成。政府組織とは一線を画する満洲国帝室のか細い帝室外交を頼りに西側諸国に裏切りの内意を伝え、昭和天皇の崩御を切っ掛けとした弔意の表明という大義名分を以て、満を持してソ連を裏切ったのであった。

 その効果は先にも述べた通り、絶大だった。

 ソ連は事態を呆然と眺め、事実上追認すること以外に手が無く、ソ連を裏切った国々は改革解放の美名の下に一挙に民主化、自由市場経済の導入を図り、空前の金余り・過剰生産力を抱えていた西側資本の前に「降伏」。旧態依然として全く民需生産力が不足し、経済的に停滞していた東側経済の「見えない不況・不満」を吹き飛ばしていった。

 勿論、急激な社会の変化、両手を上げた西側社会への事実上の無条件降伏に対する反駁も生産されたが、生活が豊かになれば、大抵の人々は不平・不満を言わないものである。

 況してや長年ソ連の頸木に繋がれ抑圧されてきた国々であったから、ソ連に一矢報いたという爽快感を前に、そうした声は沈黙を余儀なくされた。

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