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日本国は手を抜けない  作者: 大鏡路地
中東の空、冷戦の夏
17/24

日本国は手を抜けない(17)

 昭和五十六年(西暦一九八一年)一月二十一日、ロニー・リンガン新米国大統領は、就任と同時に選挙公約である「イラン帝国救援」の開始を発表。その翌日には早くもイラン帝都テヘラン前面で膠着していた前線の敵部隊に対し、米空軍のF-111による猛爆撃が加えられたのを始めとして、米空海軍の豊富な戦闘機・戦闘爆撃機が、各種支援機と共に各地に展開し、呼応して反撃を開始したイラン軍の戦線押し上げに貢献した。

 これに対し、イラク・ソ連は米国の軍事介入を、そもそもの発端である自らの侵略行為は棚に上げて批難したが、ホワイトハウスは「コメントするに能わない」と華麗に無視を決め込んだ。大西洋や北極圏、太平洋から米国の防空識別圏に接近するソ連軍機の数は、前年の三倍以上に達したが、決して挑発の域を出ない、散発的で機数も大した事がないそれは、カッター前政権の「軍縮」によって多少規模を削がれたとは言え、強力で綿密な防空軍に特化した米海空軍にとっては、十分に余裕を持って対応出来る規模でしかなかった。

 翌年までの間に、イラン東部戦線に於いて従来の国境線にまで叩き出されたソ連は、失点の回復の為、西部戦線の占領地の防御と拡大に並々ならぬ努力を傾け始めた。詰まり、イラン西部の都市アルダビールからアバダーン港に至る、直線距離にして南北差し渡し八八〇キロ以上にも及ぶ長大な戦線(通称「ライン・エイティ・エイト」)に、動員令によって集めた巨大な兵力を張り付け始めたのである。

 既にそれまでも殆ど国家総力戦の勢いで兵器生産を行い、そして片っ端から前線に供給しては消費していたソ連にとって、動員令の発動は即ち、全領域から国家経済に影響を与えずに抽出出来る人員が枯渇したということを意味していた。

 昭和五十八年(西暦一九八三年)になると、動員令によって掻き集められた膨大な兵員がイラン西部に到着を始め、ソ連のみならず、ソ連が音頭を取って東側諸国から選りすぐりの有力部隊の義勇軍(という名の殆ど正規軍)がこの長大な戦線に配置され、イラン陸軍やイランに派遣された西側諸国の義勇軍(という名の殆ど正規軍)部隊との間に、激しい戦闘が展開された。

 弾薬消費量は指数関数的な増加を示し、慌てた各国財務省の「指導」が発動し、砲弾の大増産の傍らで射撃・爆撃精度の向上(スマート化)が図られるのだが、その成果が現れるのは戦後のことである。

 そして激しい戦闘により、東西両軍から急速に旧式・低性能な兵器が淘汰され、新型・高性能な兵器を装備した部隊へと新陳代謝が行われていった。

 例を挙げれば、西側であれば開戦当初にテヘラン上空を守ったF-4はF-14やF-15、F-16へと。イラン陸軍主力戦車だったM47はM60へと。東側であればMiG-21がSu-27とMiG-29へ、T-54がT-64やT-72へと。

 しかしそれだけの努力を傾けてもなお、戦況は東側諸国不利に働いた。

 理由は諸説あるが、究極的には東側諸国、分けてもソ連の国家予算に占める軍事費・宇宙開発費の割合が、最盛期には国内総生産の二十パーセントに達していたという、身の丈を超えた国家財政の支出とその歪な内訳・戦争経済の破綻に求める事が出来る。

 とどのつまり、民需が著しく乏しい東側諸国の経済力では、足掛け八年を超える限定的国家総力戦を「健全に」戦うことなど出来なかったのである。

 この辺り、どこまで行っても軍事費の支出を国内総生産比三パーセント以内に抑制していた(と言うか、そもそもの民需が大きく、通貨発行額が東側世界とは比較にならないほど大きい)西側諸国と比べると、如何にそれが異常な数字であるかが理解出来ると思われる。

 昭和六十二年(西暦一九八七年)には、殆ど従来の国境線にまでイラク・ソ連軍は押し込まれており、そこでやっと「正規軍を相手にするには不足だが、停戦を監視するには十分」な国連常設平和維持軍が出張り、従来の国境線から互いに十キロ下がった位置まで両軍を引き離した。

 結局の所、イラク・ソ連を始めとする東側諸国はこの第三次中東戦争に於いて、戦争目的を達成するどころか、莫大な戦費と人命を消費して全く得るものが無く、国際的正義の確立にも失敗し、国力と権威を決定的に失墜させた。

 その事が、冷戦構造の崩壊と新たなる戦乱を世界に呼び込むことになる。

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