5.二丁目の夜
鸞ちゃん、フランス人?!
5. 二丁目の夜
二丁目の仲通りから四谷方面に小さな四つ角を折れ、狭い路地を進むと、胸割長屋のように飲み屋が並んでいる。その先に、異様に古いビルが建っていた。何年もテナントが入っていなかったが、最近になって一階と地下フロアにクラブが入り、中々の盛況ぶりであった。クラブと同時期に、二階と三階に、それぞれ女装喫茶やデートバーなどが入り、一夜の相手を探す客がポツリポツリと吸い込まれていく。
夜の8時を回り、捜査員達はそれぞれ配置についていた。組対の連中は体も大きい者が多く、眼光も鋭くて威圧感がある為、人目につかないようにスモークを貼った一件ヤクザ風な車種の覆面を使って待機していた。
やがて、彼らが潜む車の横を、背がスラリと高く、栗色の長い髪をなびかせた美女がカツカツと踵を鳴らして通り過ぎていく。タイトなロング丈のニットの紺ワンピースはタートルネックにノースリーブで、上にオーバーサイズのGジャンをルーズに羽織って白い肩をチラリと見せている。耳には丸く大きなイヤリングを揺らし、斜めがけにピンクの小さなバッグを掛けている。長く切れ込んだ脇スリットからチラチラと現れる足はあくまで細く長く、ヒールの高いショートブーツも手伝って、歩く姿はまるでパリコレのモデルのようだ。そして人形のように整った球体の小さな顔は、そのハイネックから細長くはみ出る華奢な首にちょこんと乗っかっていた。
「うへぇ、マジか」
車の中で思わず感嘆の声をあげたゴリラ2匹に向け、ブルーの瞳からキツイ視線が流れてきた。肌馴染みのするヌーディーなピンクグロスでぷっくりと膨れる唇から、マイク越しに声が飛んできた。
「ちょっと、聞こえてるんですけどォ……そんなに変? 」
「逆ですって、マジヤバイっす。クラブで犯されそうになったらすぐ助けに行きますからね、係長」
「くれぐれも無茶せんでくださいよ」
「お婿にいけない体になったら大変っすから」
「おい、おまえら、緊張しろ」
ビルの入り口が見通せる道の反対側では、細身の黒デニムにTシャツに革ジャンと、これまたこの街に溶け込んで誰かと待ち合わせでもしているかのような風体の霧生課長が、伊達眼鏡に目深にキャップを被り、素知らぬふりをして立っていた。警視庁管区抱かれたい男6年連続第1位保持者というのは伊達ではなく、デニムに包まれた長い足を自慢気に組む姿など、まるでメンズ誌の表紙のようである。
「鸞、絶対に焦るな。手応えがなければすぐに撤収だ。いいな」
余所見をしたまま、課長は革ジャンの襟に仕込んだマイクに向けて指示をした。その栗毛のモデル……鸞のGジャンの襟にも、ピンバッジの形をしたマイクが仕込まれている。
「了解……」
ふうっと溜息をつき、鸞は後ろをついてきた橋口巡査を振り向いた。交通課勤務の橋口悟は、両手と両足が同時に出そうな覚束ない足取りである。彼自身も背は高いが、ヒールを履いている分、並ぶと鸞が見下ろす体になってしまう。カジュアルな服装なこともあり、実年齢の20歳に相応しい初々しさであった。
「さとるくん」
わざとそう微笑んで橋口の腕に鸞が体を寄せると、橋口は直立不動になった。
「力抜いて。バレた方が怖い、僕をちゃんと守ってよ」
少し鼻にかかったように囁くと、橋口はぽおっと頰を赤らめた。こいつ、使い物にならないのでは、と不安に思った時、店の入り口から警備要員と思しきスーツ姿の大男が出てきたのだった。
咄嗟に鸞がドイツ語で「ここ、ユリアナ? 」と聞いた。大男が首を傾げたので英語でもう一度、それでも首を傾げたので、辿々しい日本語でもう一度、聞いた。
「ああん、えっつぉ(えっと)、ここうぁ(ここは)、ユリアンナ、ですくぁ(ですか)? 」
マイク越しにゴリラ達の含み笑いが聞こえてくるが、大男はそれで鸞を日本に来たばかりの外国人だと十分に理解したようで、入り口へと丁寧に案内してくれた。
「ランラン、才能あるわぁ……」
そんな霧生課長の呟きは、オフラインであった。