17.葉山倶楽部
孔明と鸞の、26年間をぶつけ合う愛の交歓……苦手な方は迂回してください。
葉山の地の素材を生かした料理を堪能し、孔明と鸞は部屋から夜の海を眺めていた。
会員制のオーベルジュ『葉山倶楽部』の最上階のスウィートルーム。
湘南にある葉山港の近く、スペイン風の白壁でできたこの建物は小高い丘にあり、バルコニーからの視界を遮るものはない。
裸体に毛布を巻きつけたままのしどけない姿で、鸞はバルコニーの欄干に手を置き、夜の海に降り注ぐかのような圧倒される程の星を眺めていた。
「まるでヴィーナスの誕生、だな」
ウイスキーが揺れるグラスを手にしたまま、孔明は鸞の後ろ姿に声をかけた。毛布がはらりと肩から滑り落ち、脱ぎかけの着物のように背中で波打っている。華奢な撫で肩は白く滑らかで、微かな月明かりに照らされて実に婀娜っぽい。何しろ女物のワンピースがすんなり入ってしまうほどの線の細さだ、腰など片手で絡め取れるほどに小さい。改めて、こんなに細い体でよくあれだけピアノを弾いたり銃を撃ったりできるものだと、弟の底の知れなさに心を浮き立たせていた。
「冷えるぞ」
グラスをナイトテーブルに置き、孔明は鸞の側に歩み寄って背中の毛布を肩に掛け直してやった。
シャワーを浴びたばかりの肌はもうすっかり冷え切っているが、微かにローズの香りがした。その毛布に包まれた薄い肩に、孔明は顔を乗せた。気持ちよさそうに、鸞が頬を寄せる。
「初めてだね、こういう時間」
「まさか父上に段取りされるとはな。唐変木だと罵られても、私は一切文句は言えまい」
「唐変木は、あんなに情熱的に僕を抱いたりしないよ」
「良かった。下手だと言われたら、立ち直れない」
「やだ、気にしてたの? 瀬良田が言ってた事」
振り向いた鸞が、笑いながらすっぽりと孔明の胸の中に収まった。
「まぁ、その……それに、私は別に男遍歴が、というわけでは……」
「ちょっと、あんなの瀬良田への憎まれ口に決まってるじゃん。もう、真面目なんだから」
「私はただ、おまえが可愛くて、悦ぶ姿が見たい一心で……独り善がりで下手だったら……その、ちゃんと言えよ」
「バカァ……あんなに何度も哭かされたのに、下手なわけないじゃん……凄く素敵だった」
甘えるような婀娜な声で、鸞はうっとりとそう言った。もう、孔明を蕩かす艶気が戻っている。
「兄上、大好き……本当はずっと前から、自分の中にこういう欲望が溢れそうになっている事に気付いてた。でも、軽蔑されるんじゃないかって……どうしても、言い出せなかった」
「私もだよ……一度でも腕の中に収めてしまったら止めどなくなってしまいそうで……一線を越えるのがとても怖かった。おまえの気持ちを知りながら、応える勇気がなかった……越えたら、やはり歯止めが効かない」
「もう……ならどうして、あの夜から一度も触れてくれなかったの」
「それどころじゃなかったろう」
「平気だった? 」
「平気じゃ無いさ。ピアノ弾いてる姿なんて特に……その、ムラムラというやつだ」
孔明の首筋をくすぐるように、鸞が笑った。そんな吐息も愛おしい。
「なんでもっと早く、おまえを抱かなかったのか……やはり唐変木だな、私は」
孔明の胸に頭を押し当てるようにして、鸞が首を振った。
「……僕ね、兄上に触れられてないと、この中の獣が暴れちゃうんだ。自分でもどうしようもないんだよ……欲が深くて。いやらしい色魔みたい。ずっとずっと、兄上を中で感じていなきゃイヤ」
あれほど何度も何度も、孔明の体の下で果て、孔明の愛を体の中に注がれたというのに、あの瞬間を思い出すだけで、もう内股がムズムズしてやるせなくなる。こんなに恥じらいも慎みもなくなってしまう貪欲な自分を、孔明はどう思っているか……鸞は腕の中からじっと孔明の表情を探っていた。
「ん? 」
素朴な表情で首を傾げる孔明が、猛烈に愛しい。
「兄上、ちょうだい」
「え、でもおまえの体が……」
「今日は僕への労いでしょ。ずっとずっと、待ってたんだもん、その分」
むすっと口を尖らせるも、その目尻はしっかり色付いている。眉根を寄せて強請る鸞に、孔明はキスの雨を注いだ。唾液で濡れる唇から、鸞の切ない溜息が漏れる。そっと孔明の下腹部に手をやると、既に鸞を求めて変化をしていた。ぷっくりとした唇を微かに開いて惚けた顔を見せる鸞の体を、前に向かせて両手を手摺りに乗せ、孔明は毛布の下の鸞の小さな腰を引き寄せた。後ろから責められる期待に、もう肌がしっとりと潤っている。
「して……あぁ、もっと……やっ、だめ……」
星の光に反射して、波がキラキラと揺れている。その波の輝きの背景に、鸞の白い肩が溶け込んでいく。
孔明の長い指で優しく解されたそこに、再び孔明自身が押し入った。ビクリと体を波打たせ、鸞が少女のような声をあげた。
「あまり声を出すと、周りに聞こえるぞ……」
「あに、兄上……ねぇ……あ……」
海に向かって白い喉を仰け反らせ、鸞が孔明を迎えた。赤く色付くうなじに孔明が舌を這わせる。ぞくりと身を反らせる鸞の腰が逃げる事を許さず、孔明がグッと引き寄せた。
毛布が滑り落ち、滑らかな鸞の背中に孔明の汗が滴り落ちる。柔らかくしなりながらも、鸞の体は貪欲に孔明を捉えて離さなかった。
「深……あ、兄上が、欲し……いい、も、もっと……」
「愛してる……鸞」
「おねが……い、いく……いっしょ、に、はあ、あ、あ、ああん、ああぅっ! 」
高まる鸞の、朱に染まって仰反る首筋を指で撫で、後ろを振り仰いで震えている唇を噛み付くように吸い、孔明は再び鸞の中に情を迸らせた。
唇の奥で高々と哭いた鸞もまた、包み込んでいた孔明の手の中で弾けた。
荒い息で互いの舌を探り合いながら、2人は波と同調するかのようにいつまでも揺れていた……。
日の出に染まる海を、ベッドの上で2人は一つの毛布に包まりながら眺めていた。
「綺麗……帰りたくないな」
「また来よう、2人で」
憑き物が落ちたかのように、鸞の横顔は清涼として輝いていた。色を湛えた婀娜な誘い顔も良いが、こんな清純な白い顔もまた美しい。何を今まで躊躇っていたのか……腹を括った先に新しい景色があると、そう言った霧生久紀の言葉が、正に現実となっていた。
目の前に、自分だけが見る事を許される鸞の美しい横顔があり、朝日に輝く海がある。
「私の鸞……」
その白い頰に、頸に、孔明は優しく口づけたのであった。
爆誕編・了