2.まったく、恋でもしちゃったんですの?
ガイザード様の居ない辺境伯邸はとっても静かだった。元気のなくなったあの日の花束は、綺麗な一輪を押し花にして残してある。
鉢植えのお花もプレゼントしてもらって本当に良かった。この花を見る度に、ガイザード様を思い出せるから。
というか、私一日中ガイザード様のことばかり考えているわ。
『あー、暇だわぁ。犬っころもいませんし、破滅もなさそうですし……悪役令嬢歴代イチ平和ですわー』
ベルローズも暇そうに浮遊している。本当に『悪役令嬢』と『破滅』にしか興味を持たない困った守護霊様である。主人である私が困っても絶対に守護してくれそうもない。まあ、ベルローズらしいですけど。
ベルローズが守護してきた歴代悪役令嬢と呼ばれた令嬢達は、婚約破棄の後は、やっぱり破滅の道を歩んだのかしら。好きな人が出来たり、幸せになったりしなかったのかしら。
ぽやんとガイザード様が脳裏に浮かぶ。
私は、このまま平穏にこの辺境でガイザード様と過ごしたい。ガイザード様と……──。
『あーーー、ロザリナ、なに幸せボケしてますの!!怪物辺境伯に不幸のどん底に突き落とされてこそ、幸せな結末ですのよっ!!ワクワクする未来ですのよ!!』
「もう、怪物なんて言わないでちょうだい。素敵な方なんだから」
『えーー、なにを戯言を!!まったく、恋でもしちゃったんですの?』
何気ないベルローズの言葉に私はガタンと椅子から滑り落ちて尻もちを付く。
こ、恋……──?
私が、ガイザード様に!???
頬が真っ赤に染まるのが分かった。い、いや、元婚約者のヴィセンド殿下に婚約破棄されてからは、色恋沙汰はもういいやって思ってたはず。
むしろ今まで恋なんてしたことあっただろうか!?
この感情は世間一般では何と言うのだろう。やはり夫にむける親愛の念では……。長年連れ添う夫婦ですものね。
でも、ガイザード様に抱きしめられた時の熱が忘れられない。
心の中の大多数を今はガイザード様が埋め尽くしていて。
「ええええええええ!?」
『まあ!失言だったかしら!!』
その夜、私は知恵熱で寝込むことになった。
◆◆◆
「ロザリナっ!!!!大丈夫かっ!!!!体調を崩したと連絡を受けたっ!!!!」
魔獣の討伐を歴代最速で終わらせ、無事に帰還したらしいガイザード様が私の寝室に駆け込んでくる。
私は、寝台でガイザード様からいただいた花束の一輪で作った押し花の栞をぼーっと見つめており、身なりを整え慌てて飛び起きた。
「ガイザード様っ!!ご無事でお戻りに…──」
「君の体調はどうなんだ!?熱は!?ご飯は食べられているのかっ!?」
無事を喜ぶ暇もなく、肩を揺さぶられる。よっぽど心配させてしまったらしく、守護霊のポメちゃんもふるふると震え今にも涙しそうである。
「ご心配をおかけして申し訳ございません。ただの知恵熱のようで、もうだいぶ良くなりました。ご飯も食べられますよ」
「っ、良かった……」
「旦那様は鬼のような強さで魔獣を討伐し、鬼の形相で嵐のように帰還されたのですよ。奥様の為に。兵達に臨時ボーナスも準備しなければなりませんね。かなり強行軍だったらしいですから」
含みのある言い方をするロバートに、ガイザード様はバツの悪そうな表情になる。それでも、私の無事を確認し、心からホッとした様子で、なぜかドキドキしてしまう。
会いたかった。
無事を確認したかった。
でも、実際会えると、どうしていいのかわからなくなってしまう。
嬉しくて、でも逃げたいような。
こんな気持ち、初めてで混乱してしまう。
「ロザリナの、お守りが効いた。ありがとう」
「い、いえ!!」
大事そうに私の作ったお守りを首から下げていて。もうだめだ、何だかガイザード様がキラキラして見える。
『あーー、まさか、怪物辺境伯にねぇ……。悪役令嬢っぽくってよろしくってよっ!!!』
ベルロースの開き直ったような声が聞こえ、私はなんとなく気付いてしまった。
ガイザード様への思いは、ヴィセンド殿下への思いとは違う。私はガイザード様を──。
「ロザリナっ!?!!」
許容範囲を超えた私の脳は思考停止したのでした。