1.血が湧きたちますわねぇ!!魔物攻め!
「ロザリナ。君に……これを」
ガイザード様の巨体の影から、守護霊のポメちゃんがこちらをチラ見しては尻尾を振りクルクル回るといった落ち着きの無い様子ではしゃいでいた。
これは……ガイザード様、緊張されている?
動物の守護霊は主人の感情と連動していることが多い。物心ついたときから守護霊が視える私の長年の勘がそう告げた。
屈強な体つきとは似合わず、モジモジしながらガイザード様は私に花束を差し出した。色とりどりの花でつくられた可愛らしい花束に私は満面の笑みになる。
「わぁ!!可愛らしい花束。嬉しい、ガイザード様!!私にくださるの?」
「……ああ。花屋でみかけて、ロザリナに似合うかと……」
「まあ!!」
あれからガイザード様は私に歩み寄ってくれている。こうして花束を贈って下さったり、可能な限り食事は一緒に摂ってくれたりしている。
「うううううう。旦那様が、ご成長されていますぅぅぅ」
マーロは大号泣だった。
「私の部屋に飾ってもらおうかしら。毎日しっかりお世話して長持ちさせますからね!!大事にしますわ」
「……ああ」
そんな私を見て、次の日は鉢植えの花を贈ってくださった。長持ちする品種らしい。ガイザード様に甘やかされている気がして、心がなんだかムズムズとしてくる。
前髪で良く見えないけれども、ガイザード様の表情や纏う空気も柔らかくなってきたような感じがする。これは仲が深まっている証拠でしょうか!?
ルンルンと切り花と鉢植えの花の水を変えていると、頭上からベルローズが興奮したように私の前に着地して姿を現した。
『今聞いたんだけど、辺境伯領の魔獣が活発化してるんですってぇ!!怪物辺境伯が討伐に向かうみたいで、準備しているらしいわ。破滅の足音かしらぁぁ!!!血が湧きたちますわねぇ!!魔物攻め!!破滅!!!』
「え…………」
平和な日常が、一気に色を失くしたように胸が締め付けられた。
魔獣が活発化……?
ガイザード様が討伐に──。
危険はないのだろうか。
お強いとは分かっているけれども……。
それでも──。
「ガイザード様っ……」
居てもたってもいられず、部屋を飛び出た。部屋の前に丁度いたらしいマーロが目を丸くする。
「奥様?どうされたのですか?」
「マーロ、ガイザード様はっ」
「旦那様は今、辺境伯軍の会議に──」
「やはり魔獣の討伐に行かれるの?」
「な、なぜそれを……!!」
マーロは驚いたように私を見る。その表情から、ガイザード様は魔獣の討伐に行かれるのは本当だったと悟った。ドキドキと心臓が嫌な音を立てる。
「心配されないでください。この時期はいつものことなんですよ。魔獣の繁殖時期なので、数が増えたり活発化するんです。間引きもかねて、辺境伯軍が討伐に向かうのですよ。いつも無事に終わるので大丈夫です」
「そ、そうなのね……」
王都の平和な世界でのほほんと暮らしていたから、辺境で魔獣と戦っていてくれたことなど知らなかった自分が少し恥ずかしくなった。
いつもの討伐。そう言われてホッとする部分と、それでも怪我をしてしまうのでは?と不安に思う気持ちでごちゃまぜになる。
ガイザード様の為に、私が出来ることはないだろうか?
「そうだ、奥様!!旦那様にお守りを渡されては?辺境では風習になっているのですよ。戦いに出る愛しい者にお守りを贈るのが!!」
「まあ!良い考えだわっ!!」
ガイザード様が無事に帰ってこられますように。魔獣に怪我をさせられませんように。討伐が成功しますように。
ひと針ひと針に気持ちを込めて、お守りを縫う。『悪役令嬢』追放後の生活のために、刺繍や裁縫を極めていて良かったわ!!
討伐は明日だから、それまでに仕上げたい。
眠たい目を擦りながら、徹夜でお守りを縫うのだった──。
◆◆◆
「ロザリナ、しばらく留守にする」
翌朝、討伐のことなど一言も言わず、ちょっとそこまで行ってくるような雰囲気で旅立とうとするガイザード様を慌てて引き留めた。
「ガイザード様!魔獣の討伐に行かれるのだとお聞きしました。どうか……ご無事で、お怪我がありませんように」
「……え?私の無事を……祈っているのか?」
心底吃驚したようにガイザード様がポカンとする。守護霊のポメちゃんも首を傾げている。(かわいいっ!!)
そうか、歴代最強の戦士であるガイザード様はもしかしたら無事を祈られたことなど無いのだろうか!?(無事で当たり前!?みたいな雰囲気をかんじるわ!!)
でも、私は心配だし、無事を祈りたい。
「これ、お守りです。急いで作ったので出来は……保障しませんが。ガイザード様のご無事をお祈りして作りました。よかったら受け取ってくださいませ」
「っ!!!!」
おずおずと差し出したお守りを、ガイザード様はまるで繊細な割れ物を扱うかのように慎重に受け取ってくれた。
守護霊のポメちゃんも何故だか微動だにしない。
「は、はじめてだ。お守りを貰ったのも、無事を……祈られたのも……」
ポツリと言った言葉に私はガイザード様を見つめ返した。強くて当たり前の辺境伯様。勝って当たり前。怪物とまで呼ばれるようになった。そんな彼は、もしかしたらずっと一人で──。
「こ、これからは、妻である私がガイザード様のご無事を祈りますわっ!!!」
ついむきになって叫んだ私を、初めてガイザード様は抱きしめてくれた。
「……ありがとう。行ってくる」
「は、はい……」
な、なんなの!!
胸が、ドキドキと苦しくなる。行ってほしくない。ずっと、傍にいてほしい。離れていく背中を見て、なんで泣きそうになるのだろう。
「うううう。青春ですぅぅぅぅ、愛ですぅぅぅぅ」
そんな私の隣で、何故かマーロが大号泣していたのだった。
第二章もどうぞ宜しくお願いいたします♪♪