5.だって、縁あって結ばれた夫婦の縁だから。
「あの、マーロ、厨房をお借り出来ないかしら。ガイザード様に……お粥をつくって差し上げたいの」
「まあ!奥様はお料理も嗜まれるのですか?旦那様も喜ばれますぅ!!早速手配しますねっ!!!」
……悪役令嬢として追放された後、『庶民落ち』ってものになった時の為に家事全般できるようにこっそり練習してたなんて、言えないわね。
うふふ、と愛想笑いで誤魔化して、昼間倒れてしまったガイザードの為に夕ご飯を作ることを思い付いたのだ。
『失神なんて、怪物辺境伯も結構軟弱なのね!早く悪役令嬢としてどん底に落ちるパターンが見たいのに残念ですわね、つまらない』
ふわんと頭の上に浮かぶベルローズは言いたい放題だ。昼間は暇を持て余しているらしく、守護霊同士で情報交換に勤しんでいる様で最近大人しかったのに。
『あの犬っころは初代辺境伯の飼い犬らしいですわよ?戦神の加護でもかかっているのかしら、見かけによらず強い守護霊らしいですわ。だから、その、そこまで心配しなくても良いのじゃないかしらっ!!!』
照れくさそうに言って、ベルローズは姿を消してしまった。呆気にとられつつも、こうして情報収集してくれたり、励ましてくれたりする守護霊を嫌いになれないのだった。
「ふふ、ありがとう。ベルローズ」
『悪役令嬢』は御免だけど……ね。なんて思いながら、厨房を借りて具沢山のお粥を作った。
こっそり通った王都の定食屋さんのおかみさん直伝のお粥だ。
「これで元気になってもらえればいいんだけど」
そう呟いて、お粥をマーロに託そうとすると、ニッコリ笑って断られた。
「奥様が手作りされたんだから、奥様手ずからお渡しくださぃぃ!!」
「えっ!!私が旦那様のお部屋に入っても良いのかしら?」
「いいに決まってるじゃないですか!奥様なんですから!!」
そう背中を押され、ガイザード様の寝室をノックする。返事がないので、恐る恐る部屋に入ると、大きな寝台ですやすやと眠るポメちゃんと彼の姿が目に入る。
テーブルにお粥を置いて部屋を出ようとすると、バッとガイザード様が身を起こした。
「むっ!!気配を感じたと思ったら……な、なぜ……君がっ!!」
「ガ、ガイザード様、起こしてしまい申し訳ございません。その、ご夕飯にお粥を作ってお持ちしました。胃に優しいので倒れた後にも食べられるかと……」
机に置かれたお粥を見て、ガイザード様は息を呑む。吃驚しすぎて言葉が出てこない様子だった。
「あ、あの、無理なさらないでください。お嫌いなら下げ……」
「た、食べるっ!!丁度腹が減っていたのだ」
凄い勢いで言われて、固まってしまった。そこまでお腹が空いていたのだろうか。
「ど、どうぞ……。お口にあえばいいのですが」
お粥を器によそって差し出すと、身を起こした彼はお粥をゆっくりと口に入れた。
「…………うまい」
長い前髪で表情は隠れているが、ガイザード様がふっと微笑んだ気がした。
「あたたかい……味がする」
「まあ!良かったです。沢山あるので、いっぱい召し上がって早く元気になってくださいませね」
嬉しくなって何杯もガイザード様におかわりを勧めてしまった。その結果、お粥が入っていた土鍋は見事に空になった。
「馳走になった。その……ありがとう」
「いいえ!元気になって、またお食事を一緒に摂れるのを楽しみにしています」
私の言葉に、守護霊のポメちゃんが嬉しそうに駆け回っている。
「ロザリナ嬢……」
「まあ!嫁いだのですからもう『令嬢』ではございません。ロザリナと呼び捨てくださいませ」
「っ……ロザリナ。その、何故私にかまう。私が……怖くないのか……?」
本当に言いにくそうに言ったガイザード様の言葉に私はポカンとしてしまった。第一印象は大きくて強い覇気みたいなものを感じて少し恐かったのは確かだ。
でも──。
「怖くないですよ。だって、こんなに可愛ら……いいえ、なんでもありません!!」
ついポメちゃんを褒める要領で可愛らしいと言いかけてしまい口を噤んだ。殿方に可愛らしいはいくらなんでも失礼ですよね。
「私は、ガイザード様をもっとよく知りたいです。私のことも知って頂きたい。お互いを知って、夫婦になりたいのですわ」
「っ!!!」
ガイザード様にとって『悪役令嬢』の私は、好ましくないのかもしれないと思っていた。けれども、守護霊のポメちゃんを見ていると、きっとそう思っていないのかもしれないと感じるようになっていた。
少しでも好意があるのならば、歩み寄りたい。だって、縁あって結ばれた夫婦の縁だから。破滅じゃなくて、幸福な未来が待っているかもしれない。
「だから、改めて、お願いいたします。ガイザード様」
そう言って手を差し出すと、恐る恐るガイザード様が私の手を取る。
「ああ」
素っ気なく言ったガイザード様の上で、守護霊のポメちゃんが千切れんばかりに尻尾を振り『きゃおぉぉぉぉぉぉん!!!』と遠吠えしているのが見えた。
私とガイザード様はこうしてお互い一歩歩み寄ったのであった。
第一章 END