4.ああ、私なんだかときめいてしまったわっ!
ガイザード様はとてもよく食べる。身体も屈強で大きいのだが、食事の仕草は洗練されていて美しい。美しい所作で目の前の大皿を平らげるところは、驚きを通り越して感動すら覚える。
守護霊のポメラニアンの癒し効果も相まって、ガイザード様との食事はとても楽しい。
元婚約者のヴィセンド殿下との食事は、守護霊の禿げたおっさんが、『ああ、もっと海藻を食べないと、将来禿げてしまいますぞ殿下ぁぁ!!髪の毛を大事にっ!!』など必死に殿下に語り掛けているので、気を抜けば吹き出しそうになる。地獄の時間だった。
守護霊が視えることは秘密にしている。誰かに言っても信じてもらえないし、『悪役令嬢』の代表であるベルローズが自分の守護霊である限り、露見しない方が破滅を防げると判断したのだ。
だからこそ、あの禿げたおっさん守護霊が殿下の守護霊であるかぎり、私はずっと笑いを耐え、殿下の後頭部を気にしながらお傍に居なければならなかった。
その頃と比べれば、辺境伯家で過ごす日々は楽園である。
かわいらしいポメラニアン守護霊に癒され、優しい使用人たちと寡黙だけどきっと優しい旦那様。
ああ、辺境へ追放してくれた殿下に心から感謝しなければっ!!!
ルンルンと機嫌よく目の前のパンを食べていると、もう食べ終わったらしいガイザード様と目が合った。
「……君は……、いや、なんでもない」
「…………?」
何か言いかけて黙ってしまったガイザード様の真上では、守護霊のポメちゃんが恥ずかしそうに頬を染めていた。
ということは……、ガイザード様は何か言おうとして照れていらっしゃる……?
きゅんっと胸が鳴った。可愛らし過ぎません!?ああ、私なんだかときめいてしまったわっ!!!
少しずつ仲良くなれたら、もっと色々なお話をしたり、可愛らしい表情も見られるのだろうか。
「ガイザード様、今夜は寝室にいらっしゃいますか?夜ゆっくりとお話でも……──」
そうお誘いした瞬間、ガタガタっと音を立ててガイザード様が椅子から転げ落ちた。そしてそのまま意識を失ってしまったのだ。
「えええええ!?だ、大丈夫ですか、ガイザード様っ!!!」
「奥様、ご心配ありません。旦那様の許容量を超えただけですので。旦那様は思春期も迎えていないお子ちゃまだとお思い下さい。さあ、旦那様の部屋にお運びするんだ」
ロバートが心底可哀想な者を見る目でガイザード様を見下ろしながら数人の侍従に指示を出す。今結構辛辣なことを言っていたような、気のせいでしょうか?
担がれて運ばれていくガイザードを、呆然と見守るしか出来なかったのであった。
◆◆◆
『きゃぁぁぁぁ!!!怪物よっ、こんな怪物と結婚なんて出来ないわっ!!!』
ザグリオン辺境伯家に嫁入りしようと来た令嬢達は、皆私を恐れ、怪物を見るような目で怯え、辺境伯領を去って行った。
国境に面する辺境伯領では強さがなければ国の盾としての役割は果たせない。小さな頃から鍛えられ、気が付くと怪物のように強くなっていた。
民を、国を護る。それが私の誇りだった。たとえ怪物と恐れられても──。
王国の第二王子であるヴィセンド殿下の元婚約者であり、『悪女』と不名誉な噂を流される令嬢が、私の元へ嫁いでくると王命で命じられた時、その令嬢が心底可哀想だと思った。
王子妃の立場から一気に怪物の嫁と格下げになり、最早追放のように辺境伯領に送られてくるのだ。
辺境伯領ではなるべく不自由させないように、私の妻としての務めなどせずに、悠々自適に過ごしてもらう予定だった。
それなのに、辺境伯領に来た令嬢は──。
『ガイザード様っ、おかえりなさいませ』
屈託なく微笑み、初めて私を出迎えてくれた。その瞳に恐怖の色は浮かんでいない。私との食事も嫌がることなく、逃げることなく、ニコニコとしながら美味しそうに食べている。
このような令嬢は初めてだった。
ロザリナ・ハッシュベルト侯爵令嬢。彼女を見ると、怖くなる。こんな令嬢が居るはずない。いつか、私を恐れて、怪物だと罵って、逃げてしまうのではないか。心を閉ざすことで私は卑怯にも身を護ろうとした。
しかし、彼女は……──
『ガイザード様、今夜は寝室にいらっしゃいますか?夜ゆっくりとお話でも……──』
とんでもない爆弾発言をし、私の脳内は混乱に陥り、そのまま意識を失うという失態を犯したのであった──。