7.私は──ロザリナ・ザグリオンだから
私の叫びをかき消すように、魔法銃が撃たれ、その一発がガイザード様に直撃し、そのままガイザード様は倒れてしまった。
「ガイザード様ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ははっははは、怪物も大したことないな……」
「っ……、怪物はどっちよっ!!!卑怯者っ!!!」
ヴィセンド殿下を睨みつけると、彼は仄暗い笑みを浮かべた。そして私の額に銃口を当てたまま、口を開いた。
「口には気を付けるのだな、ロザリナ。お前は私と婚姻を結ぶのだ」
「ふざけないで。絶対に嫌よ」
「では、証拠隠滅にお前を殺すしかなくなるぞ?」
「あなたに嫁ぐよりはマシよ、撃てばいいじゃない!!!」
私の勢いに気圧された殿下は、一瞬目を見開いたが、そのまま銃に手をかけた。
撃たれる──。
そう覚悟した瞬間、目の前のヴィセンド殿下が何者かによって吹き飛ばされた。
「っ……!!!!」
この香りは──。
太陽の光をいっぱい浴びた新緑のような──
「ガ……イザード……さま……?」
温かい体温を感じ、気付いたら私はガイザード様に抱きしめられていた。
生きている。
しっかりと鼓動を刻む心音を聞きながら、涙が溢れてしまう。
「ロザリナ……」
「ガイザード様っ!!!良かった、良かったですぅぅぅぅぅぅ」
ふさふさな鬣に顔を埋め、泣きついてしまう。良かった、ガイザード様を失わなくて。本当に良かった──。
「ガイザード様が銃でうたれちゃって……、もう、駄目かと……っ」
「……ああ、これが護ってくれた。銃撃の衝撃で我に返ったんだ。暴走してしまい……すまなかった……」
ガイザード様が胸元から取り出したのは、以前私が渡したお守りだった。お守りの中に入れていた守護の石に銃弾が刺さっており、ガイザード様を銃撃から護ってくれたのだ。
最高級の守護の石にして良かった──っ!!!
「うううう、うわぁぁぁぁん、ガイザード様っ」
「泣かないでくれ、私は大丈夫だ。それより、このような姿を君に晒してしまい……」
「ひっく……、え?モ、モフモフで可愛らしいと思いますが……」
号泣しながらも、キョトンとする私に、吃驚したのか、ガイザード様の獣化が解かれてしまった。もう少しポメちゃん仕様のガイザード様を堪能したかったのに。
「……君には適わないな……」
「どんなガイザード様でも、……大好きです!」
「……まったく──」
ガイザード様の顔が近付き、そっと唇が重なり合った。
「な、なんでよ……、なんであんたばっかりっ!!!」
存在を忘れていたナーサリーがわなわなと震えている。この期に及んで、まだ私に悪態をつく様子に呆れつつ、私は彼女に向き合った。
「ヴィセンド殿下を唆したのは貴女ね?」
「役に立たなかったけどね!!王妃になるのは『ヒロイン』の私なのにっ!!!皆に愛されて、ちやほやされて、贅沢に暮らすはずだったのに、どうしてくれるのよ!!!全部、全部お義姉さまのせいよ!!!」
今まで、ナーサリーは、家族の中心で。ナーサリーの思い通りに動いていた。
何をされても我慢していた。
でも、私にとっての『家族』はもうハッシュベルト侯爵家ではない。
「いい加減になさい。貴女の我儘に周りを巻き込むのはやめなさい。私はもう貴女を庇わないし、尻ぬぐいもしない。自分のしたことには自分で責任を持つの」
「な、なによっ!!」
「私はもう、貴女たちに囚われるのは止める。私は──ロザリナ・ザグリオンだから」
ポカンとするナーサリーに、私はもう何も感じない。
恐怖も、劣等感も、何もかも、どうでもよくなった。
だって、私には──
「大好きな旦那様や、家族のようなマーロやロバート、その他にも大切な人たちが増えたの。私の居場所は、自分で護る。貴女なんて、もう気にしている暇は無いのよ」
ニッコリと微笑むと、ガイザード様が私を抱き寄せてくれた。
「我が妻に手を出そうものなら、ザグリオン辺境伯軍総出で相手になろう。塵も残らないと思え」
「ひっ──」
ナーサリーが腰が抜けたようにその場に座り込み、私は心の底にあった、ドロドロした感情がやっとスッキリしたように感じた。
頭上では──
『きゃんきゃんきゃんっ!!!!!!!』
と歓喜の声を上げるポメちゃんと、
『な、なんでですのぉぉぉぉぉぉ!!!!!また、またハッピーエンドですのぉぉぉぉぉぉぉ!?』
と悲嘆にくれるベルローズの声が聞こえたのであった──。




