2.まあ、もう150年は昔の話ですわっ!
王都を抜け、辺境へ向かう山道へ入る。獣や魔獣を警戒しながら進む馬車の中、私は窓の外で馬に乗るガイザード様を見つめていた。
「ガイザード様、乗馬姿も素敵……。あの馬にはさっきまでマーロが乗っていたのよね。乗馬もできるなんて、マーロは凄いわね」
「辺境では乗馬は必須ですので。今度奥様も、旦那様に乗馬を教えて貰ったらどうですかぁ!?」
「っ!!いい案だわっ!!ガイザード様に手取り足取り……」
「あっ、また恋する乙女モードにっ!!奥様、帰ってきてくださいぃぃ!!」
そんな会話をしていると、いきなり馬車が大きく揺れた。
「外敵だっ!!!」
ガイザード様の雄々しい声が聞こえた。その瞬間、マーロが私を庇うように前に出て懐から取り出した短剣を構えた。
「マーロ……?」
「辺境では、必須です!!」
ほ、本当に!?
急に戦士のように頼もしくなったマーロの影に隠れ、そっと窓の外を伺い見ると、数匹の魔獣と、黒装束の怪しい武装集団が一団を囲んでいた。
「大丈夫ですよ、奥様。旦那様は世界一お強いですから!!」
自信満々に言ったマーロの言う通り、ガイザード様や護衛の兵士さんたちは、簡単に魔獣や武装集団を斬り倒していく。
ガイザード様の雄姿をこの目で見られるなんて……!!
呑気にそんなことを思っていると、武装集団の一人が放った短剣が、馬車の馬すれすれまで飛んできて、驚いた馬が思いっきり駆け出してしまった。
「きゃぁぁぁぁ!!!」
「奥様ぁっ!!!」
ガタガタと室内が揺れ、木にぶつかったのか、扉が開き、マーロが投げ出されてしまった。綺麗な受け身をとったマーロの姿を確認し、ホッとしたのもつかの間、馬車はそのままバランスを崩し、馬が離れ、谷底へ私毎放り出される。
「えええええええっ!!?!?!」
私の意識は其処で途絶えたのであった──。
◆◆◆
『ちょっと、貴女、さっさと起きなさいっ!!』
「んーっ……」
頭の上でガンガンと声が聞こえ、遠のいていた意識が戻って来る。
さっきまで辺境に帰ろうと馬車に乗っていて……。
それで──
「ああああ!!!私、もしかして死……──」
『残念ですわね、あの犬っころのお陰でピンピンしてますわよ』
「犬っころ……?まさか、ポメちゃんが護ってくれたの!?」
泥だらけだが、傷一つなかった。谷底に落ちてしまったらしく、馬車の残骸が所どころに転がっていた。ガイザード様に頂いた護りの指輪はしっかりと指に嵌っていた。
『ええ、墜落の衝撃から犬っころが貴女を護りましてよ。力を使い果たして主人の元へ戻ったようですが。ついに……『破滅』っぽくなってきましたわねぇ!!!ワクワクしてよ』
「ねえ、ベルローズは私の守護霊じゃなかったっけ……。ポメちゃんの方がよっぽど守護霊じゃない!!」
『っ!!!失礼ですわねっ!!スリリングな破滅の道へ進むのが貴女の幸せだと判断して手を出さなかっただけですわ!!!それに、襲ってきたのは王家の刺客でもある暗殺集団ですわ。わたくし何度も見てきましたもの、間違いありませんわっ!!』
「王家の……?な、なんで私たちを狙って──」
国王陛下はガイザード様の味方のはず。何故命を狙うような──。いいえ、国王陛下ではなく、ガイザード様に恨みを持ちそうなのは──
「ま、まさか……」
あの夜会で、ガイザード様に突っかかったのは、ヴィセンド殿下……?第二王子であれば暗殺集団も動かせる。でもガイザード様と私を亡き者にしてなんの得があるのだろう。
うーんと悩みつつ、ふとベルローズの言葉に引っかかりを覚える。
「王家の暗殺集団をよく見て来たって……どうして……?」
王家直属である暗殺集団と、普通の組織的な暗殺集団の見分けがつく守護霊ってなんだろう……。まるで、暗殺集団をよく知っているような──
『あら、言ってなかったかしら。わたくし、生前は国王の王妃だったのよ。暗殺集団に護られて暮らしていれば、見慣れますわ。まあ、もう150年は昔の話ですわっ!!!』
「えええええええ!???」
ベルローズのいきなりの暴露話に私は素っ頓きょうな声を上げてしまったのだった──。




