11.旦那様、またお顔が……
『わたくしが王宮で情報収集している間になにが起こりましたのっ!?おもしろい所を見逃しましたわーーっ!!!』
主人のピンチにも不在だった、私の守護霊であるベルローズは戻って来た途端に、私とガイザード様の甘い空気を感じ取ったらしく悔しそうに声を上げた。
私はポーっとしながら、私の上に浮かびながら散々文句を言ってくるベルローズを眺めていた。
『ちょっと、聞いてますの!?悪役令嬢たるもの、そんな幸せそうなアホみたいな顔をしないで頂戴!!わたくしの主人ならば、ヒロインに敗北し、華々しく散るまでが悪役令嬢ですのよ!?』
「そうなのね……。すごいわね……」
ガイザード様の厚い胸板に包まれて、あの綺麗な形の唇が私の唇に──ああ、唇ってこんなに柔らかくて、温かいものだったのね……。
ガイザード様の香りも、太陽の光をいっぱい浴びた新緑のような香りで……。
蕩けるような視線で愛をささやかれ……。
「きゃーーーっ!!!!」
『あー、もうだらしのない顔をしないで頂戴!!気高き悪役令嬢ですのよっ!!!もう、知りませんわっ!!!』
ふんっとそっぽを向いてベルローズは消えてしまった。王都に来て以来、自由に何処かへ行ってしまうベルローズに少し不安を覚えつつも、私はガイザード様との甘いひと時を反芻しては寝台を転げまわるという、恋する乙女のような時間を過ごしていた。
夜会への出席も終わったので、明日にはザグリオン辺境伯領へ向けて出発する予定だ。明日に備えて早く眠らなければならないのは分かってはいるんだけど、全く眠れる気がしない。
明日も馬車でガイザード様と過ごすのだろうか!?
二人きりになったら、また口付けできるかしら?
手も繋ぎたいし、出来れば抱き着いて、筋肉を堪能したい。
ああ、私ったらどうしてこんなに欲深くなってしまったのだろうか。ガイザード様としたいことが沢山だ。
夫婦だし、いいわよね!?
ルンルンと鼻歌を歌う私を、メイドのマーロが微笑ましそうに見ていたことなど、私は気付かなかったのであった──。
◆◆◆
『私も……貴方が好きです。ガイザード様。私が心から愛し、生涯を共にしたいと想うのは……ガイザード様だけ……』
『私の目に映るガイザード様は、私のことを思って色々気遣ってくださる、優しくて、繊細な方。強くて、恰好いい方。時々可愛らしくて、こうして目が合うとドキドキします。貴方が口下手でも、たとえ皆に恐がられていようが、私には最高で愛おしい旦那様です。貴方の妻でいられて……幸せすぎて、私こそ……』
ロザリナの言葉が何回も頭の中で反芻される。
こんなに幸せでいいのだろうか──。
「旦那様、顔が恐ろしいことになっておりますよ」
「むっ!!」
ロバートに言われ、にやけきった表情を慌てて元に戻した。『怪物』である自分を受け入れてくれる女性が現れるなど未だに信じられず、夢では無いかと何回も引っ張った頬は赤く腫れている。
「マーロからこれを預かりました。奥様のドレスのポケットに入っていたそうです」
ロバートが私に差し出したのは、真珠のあしらわれたネックレスだった。美しい真珠にはヒビが入り、チェーンは歪んでいる。壊れたネックレスがなぜロザリナのドレスのポケットに……?
『私は、母が亡くなってからずっと大切なものを手放しながら生きてきました。家族から得られるはずの愛情も、母との思い出も。私のものは全て義妹のものになった。いつの間にか諦めることが……当たり前になっていた』
ロザリナの言葉が蘇る。守護の指輪の力が発動したのを感じ、彼女の元に駆け付けた時──ロザリナは涙を流していた。
このネックレスは、彼女の大切なものなのでは……?あの顔も思い出せない彼女の腹違いの妹に……壊されてしまったのだろうか──。
彼女を思うと心が締め付けられる。
「直せるだろうか……。きっと、彼女の大切なものだ」
「かしこまりました。手配いたしましょう」
「よろしく頼む……新しいものに取り換えるのではなく、なるべく元に戻すように……。金はどれだけかかっても構わない」
「承知いたしました」
ロバートに任せれば心配ないだろう。ロザリナの悲しそうな顔は見たくない。できれば、笑って欲しい。ネックレスが元に戻れば、可愛い笑顔が見られるだろうか──。
先程まで共に居たのに、もう彼女が恋しくなる自分に驚いてしまう。
「旦那様、またお顔が……」
「むっ!!」
ロバートの生温かい視線を浴びながらも、必死に表情を引き締めるのであった──。
◆◆◆
「なんで……なんでお義姉さまばかり幸せになるの?言っていることが違うじゃない!!私が『ヒロイン』なんでしょ!?……いいわ。もう全て排除するしかない」
ブツブツとつぶやくナーサリーに、そっとヴィセンドが近寄った。
「ナーサリー、用とは何だ?君とは婚約を解消すると……」
「いいわよ、殿下。王位継承権を失う貴方に魅力はないもの。でも、陛下の甥である辺境伯様にも王位継承権はあるのでしょう?このままお義姉さまと婚姻させておいていいのかしら……」
「な、なんでそれを……」
「お義姉さまとよりを戻したいのでしょう?とってもいい案があるの」
ニッコリと微笑むナーサリーに、ヴィセンドはゴクリと息を呑む。
「上手くいけば、また王位継承権を手に入れられるわよ。私と手を組みましょう」
差し伸べられた手を、ヴィセンドは仄暗い笑みを浮かべながら取るのであった──。
第三章END




