9.もう大丈夫だ、私がついている
「ポ、ポメちゃん……?」
『きゃんきゃんっ!!』
毛を逆立て、ナーサリーを威嚇するポメちゃんの周りに風が集まり、その風がナーサリーを拘束する。
『****?***!』
ナーサリーの守護霊の黒髪の女の人も何か叫んでいるが、言語が違って聞き取れない。ポメちゃんが咆哮すると、女の人は怯えた様にナーサリーの影に隠れた。
「な、なんなのよっ!!私にこんなことしてもいいと思っているの?!お義姉さまに暴力を振るわれたと周りに言うわよっ!!」
身動きが取れなくなっているナーサリーは私をキッと睨みつけた。確かにこの場を見られたら、私が一方的にナーサリーに手を出したように思われるだろう。
「ポメちゃん、解放してあげて。もう大丈夫よ」
『ヴーー』とまだ威嚇中のポメちゃんをそっと宥めた。少し納得いかないような顔をしつつ、ポメちゃんはナーサリーの戒めを解いた。自由になったナーサリーは、立ち上がり、怒りのままに私を叩こうと手を振り上げた──。
『お義姉さまが悪いのよ?』
そう言って、ハッシュベルト侯爵家に居た頃に何度も手を上げられた記憶が蘇り、身体が強張った。
ポメちゃんが再びナーサリーに飛び掛かろうとした瞬間──私を庇うように誰かが前に立った──。
パシンッとナーサリーはその人を私の代わりに叩いた筈なのに、そのまま強靭な体格に跳ね返され、その場に尻もちをついてしまった。
ノーダメージなその人は──……
「ガ……ガイザードさま……──」
私を庇ってくれたのは、ポメちゃんの主人でもある……ガイザード様だった。指輪がポメちゃんを呼び出してくれたから、主人であるガイザード様にも何らかの形で伝わったのだろうか──?
家に居た時には、誰も庇ってくれたことはなかった。
こんな風に……身を挺して、私の前に立ってくれる人が居るなんて──。
自然と涙が溢れてくる。先程の悲しい涙ではなくて、これは──。
「ロザリナっ!!大事ないか!?ああ、どうしたらいい……」
振りむいたガイザード様は、泣いている私を見て、オロオロと狼狽えている。その姿を見ると更に涙が零れてしまう。
「一人にしてすまなかった。もう大丈夫だ、私がついている」
何とか私を元気づけようとするガイザード様に、ポメちゃんもその周りを必死に走り回っている。さっきまであった、悲しい気持ちや、怖かった気持ちが温かなもので包まれていく気がした。
「はい……ありがとう……ございます──」
どうしよう。
押さえきれないほどの気持ちが、心の中に溢れてくる。
私──。
「へ、辺境伯さまぁーっ!!誤解ですぅ。お義姉さまに私虐められててぇ……うわーん、怖かったですぅぅぅ」
ガイザード様と見つめ合う私を押しのけて、無理やりナーサリーが割り込んできた。
「ロザリナ、大丈夫か。もう帰るか。挨拶も済ませたしな、このまま行こう」
しかし、ガイザード様はナーサリーが見えていないように振る舞い、私に蕩けるような優しい視線を向ける。
あのナーサリーが無視されている!?
本人も今まで無い対応にあんぐりと口を開けて驚いており、空気のような扱いにワナワナと震え出した。
「ちょっとっ!!私が話しかけているのよ!!失礼じゃない?!『怪物』のくせにっ!!!」
とうとう怒りにまかせて酷い事を言い出したナーサリーに、私の中でプチンと何かが切れる音がした。
「取り消して……」
「は……?」
「ガイザード様は怪物などではないわっ!!!優しくて、強くて、恰好よくて、時に可愛い……私の大好きな旦那様よっ!!」
今までこんなに声を上げて自分の気持ちをぶつけたことがあっただろうか。しかし、絶対に許せなかったのだ。ガイザード様を傷つけるような言葉は──。
「…………」
「…………」
フーフーッと気持ちを落ち着かせていると、その場が異様な空気になっていることに気付く。
あら……?
私、今何て言った?
落ち着いて、先程の言葉を思い返すと──
「っ!!!」
わ、私、ガイザード様に好きって言っちゃったの!!?




