5.私の帰る場所は
『ロザリナ、今日からお前に新しい家族が出来る。仲良くするんだよ』
そう父親が新しい母親と、自分と一歳違いの腹違いの妹を紹介したのは、母の喪が明けて直ぐのことだった。
父が母を裏切り、庶民の愛人を作り、子どもも居たことに、幼い私はショックを受けた。母は病気で、あんなに苦しんでいながらも、父を愛していたのに──。
『ほーほほほほ。これは『義理の妹』フラグが立ちましたわねぇ!!破滅の予感ですわぁぁぁぁ!!!!』
守護霊のロザリナはとっても喜んでいたけれども。
すでにヴィセンド殿下と婚約していた私は、ほぼ王宮で過ごすことが多くって、家に帰る度に自分の居場所が無くなっていくことに、気が付かないふりをした。
お母様の部屋は新しいお義母様の部屋に。私の部屋もナーサリーの部屋に変えられて、私は陽の当たらない暗い部屋になった。
新しいお義母様は私を居ない者として扱ったし、ナーサリーには玩具やお洋服、宝石まで全部奪われてしまった。お母様の形見はほとんど残らず、暗い部屋でずっとお母様の肖像画を見ては話しかける日々が続いた。
『え?義妹をいじめませんとっ!!悪役になりませんわよっ!!早く、育ちの違いをみせつけてあげますのよっ!!!』
とか、ベルローズに言われたけれども、家族の輪に入っていく勇気は無かったし、ハッシュベルト侯爵家は今はお父様と新しいお義母様とナーサリー中心で回っている。
邪魔者は私なんだ。
『もうっ!!仕方ありませんわねっ!!!わたくしが力を貸してあげますわ!!』
ベルローズがお義母様とナーサリーに何かしようとしては、止める日々。きっと私が我慢して、いい子になれば、全て上手くいく。『悪役令嬢』にもならないし、破滅もしない。そしていつかは『家族』の一員になれるかな……──。
『ロザリナ・ハッシュベルト。お前との婚約は破棄させてもらうっ!!!』
そうヴィセンド殿下に婚約破棄された私に、ハッシュベルト侯爵家の家族は無反応だった。辺境伯領へ嫁ぎ、もう会えなくなる娘よりも、新たにヴィセンド殿下の婚約者となったナーサリーを、家族総出でお祝いしている中、私はそっと家を後にした。
私はついに『家族』の一員にはなれないままだった。
お父様に笑いかけてもらうこともなく、お義母様に優しく撫でられることもなく、ナーサリーと姉妹らしい会話もすることなく、私はロザリナ・ザグリオンとなった婚姻証明書を手にザグリオン辺境伯領へ嫁いで来た。
そこで──
「ロザリナ、大丈夫か?」
『きゃんきゃんきゃんっ!!!!』
肩を揺らされ、私は目を開けた。馬車の中でいつの間にか眠ってしまったらしく、心配そうにガイザード様と守護霊のポメちゃんが覗き込んでいた。
「あ……すみません、眠ってしまったみたいですね」
「いや、魘されていたので心配しただけだ」
「ありがとうございます。少し夢を見ていて……」
王都に来たからだろうか。昔の夢を見るなんて。あの時に戻るのは怖い。『悪役令嬢』にされるのも、破滅の道を辿るのも。でも──。
「ガイザード様(と、ポメちゃん)が居て下さって良かった」
まだ寝惚けている頭でそう言うと、ガイザード様は顔を真っ赤に染めた。ポメちゃんは『うをぉぉぉぉぉぉん!!!』と何故か遠吠えしていた。
その様子を見て、つい笑みが零れてしまう。
私の『家族』はもう居ない。でも、新しい居場所は、とっても温かくて、大好きな──
「大丈夫だ。私はいつでも傍に居る!……さあ、屋敷に戻ろう」
「はい!」
私はガイザード様の手を取って、馬車を降り、ロバートやマーロの待つ屋敷に歩を進めた。
「おかえりなさいませっ!旦那様、奥様っ!!」
マーロの明るい声に癒されて、ロバートの凛とした空気に戻って来たのだとホッとする。
私の帰る場所は──。
「ただいま、マーロ!ロバート!」
振り返らず、私は屋敷の中にガイザード様と共に入るのであった。
明日の夜会への不安を打ち消すように──。




