4.これからは私が君を一番に護ろう
「緊張しました……」
帰りの馬車の中で、私はやっとホッと息を吐いた。ガイザード様はそんな私を見てフッと笑いを零した。
「そうは見えなかったが。陛下とも良い関係を築いていたのだな」
「陛下と王妃殿下には良くして頂きました。幼い頃から王子妃教育を受ける私を気にかけてくださって……」
侯爵家に居場所が無かった私は、王子妃教育をひたすら頑張った。何でも完璧にしようと無理をしていた頃、よく陛下や王妃殿下が声をかけ気遣ってくれたのだ。
厳しく育てられたヴィセンド殿下は、お二人が私に優しくするのが気に入らなかったみたいだけど。
「そうか。王宮に君の味方が居てよかった。これからは私が、その、君を一番に護ろう」
ガイザード様の言葉に、ドキっと胸が高鳴る。王宮で過ごしていた過去は──実家である侯爵家に誰も味方は居なかった。元婚約者のヴィセンド殿下にも冷たくされて、『悪役令嬢』として破滅の道を辿るのが凄く怖かった。でも今は──
「っ!!!は、はい、心強いです!!!」
何でも乗り越えられる気がする。明日の夜会もきっと大丈夫だわ。
心がふわっと軽くなった気がした──。
◆◆◆
「ち、父上、今何と……?」
ヴィセンドは、国王である父に言われた言葉が理解できずに、震える声で聞き返した。
「お前はハッシュベルト侯爵令嬢であるナーサリー嬢と婚姻し、王籍を抜けハッシュベルト侯爵家を継ぐのだ」
「待ってください!!ナーサリーとは婚姻します。しかし王位継承権は……」
「王位はお前の兄であるリシャールが王太子となる。他にも弟のメディオールもおる。お前が臣籍降下しても何も問題なかろう」
突如言われた国王の言葉にヴィセンドは頭を殴られたような衝撃を受けた。侯爵家と縁づいた自分が、兄を差し置いて立太子すると、そう思い込んでいたのだ。
それにリシャールは今隣国へ遊学中である。国外に出された兄よりは自分の方が優秀だと、そう高を括っていたのに──
「リシャールは隣国の姫との婚約が決まった。隣国の学園も首席で卒業し、直ぐに帰国する予定だ。元婚約者であるロザリナに学業でも勝てないお前が、ロザリナと婚約を破棄し、ロザリナの足元にも及ばず王子妃教育にも付いてこれぬ令嬢と婚約した時点で未来は無い」
「そ、そんな……」
ナーサリーは自分の方がロザリナより優秀だと、そう言っていたのに。まさか、王子妃教育についていけない?そのような事実は……、そしてリシャールもそんな優秀だとは聞いていなかった。
ヴィセンドは予想外の事実に目の前が真っ暗になっていく。
「臣として兄に、そしてこの国へ尽くすように。わかったな……」
「嫌です、認められませんっ!!も、もしロザリナとよりが戻ったら、取り消してくださいますかっ!?」
「ふん、戯言を。この決定は覆らない。リシャールが帰国次第発表する」
「ま、待ってくださいっ!!!父上っ!!!」
バタンと閉められた厚い扉の前でヴィセンドは床に膝を付き、呆然としていた。
──間違いだ……、全て、そうだ。ナーサリーが優秀なことを父上に知って貰えればっ!!!
慌てて立ち上がり、ナーサリーが王子妃教育を受けているはずの部屋に駆け付ける。
「えー、こんなのわからないわよ!未来の王子妃に必要ないわ。いつも課題はお義姉さまにやらせてたし……そうだわ!またお義姉さまを上手く言いくるめて私の仕事をやらせれば……!!」
とんでもない独り言を言っている、愛おしいはずの婚約者に、ヴィセンドは呆気にとられる。
ロザリナにいつもやらせていた……?
まさか、今までの功績も全て──
称賛された論文も、研究も、まさかロザリナが──!?
「ナーサリー、どういうことだ……」
「あっ!!ヴィセンド様ぁ!!お会いしたかったですぅ。明日の夜会はお義姉さまをどうやって……」
「このデタラメな回答はなんだ?君は優秀なのだろう!?」
甘えてくるナーサリーを振りほどく。得意だと言っていた算術すら、一問も合っていない。
「なんてことだ……──」
ヴィセンドは自分の未来が暗く閉ざされていくのを感じた。パラパラと髪の毛が抜けるのも構わず髪の毛をかきむしる。
「王位継承権も失い……臣に下るなど……」
「え!?ど、どういうことですか!?私を王妃にしてくれるんじゃ……」
「いや、なんでもない……。今日はもう一人にしてくれ……」
冷たい瞳で一瞥されたナーサリーはビクリと肩を震わせた。ヴィセンドの態度も、先程の言葉も……全てが未来の崩れ落ちる音に聞こえた。
「いいえ。私は『ヒロイン』だもの。思い違いよ……」
一人になった部屋で、そうポツリと呟くのであった──。




