3.貴女も大分悪役令嬢っぽっくなったじゃない‼
『ほーほほほほほ!!!最近わたくしが居なくて寂しかったでしょう?王都の守護霊仲間の所で情報収集してあげてましたのよっ!!!ありがたく思いなさいっ!!!って、あら?怪物辺境伯は何処にいったの?新たな男を侍らせるなんて、貴女も大分悪役令嬢っぽくなったじゃない‼』
守護霊のベルローズの声が軽快に響く中、私とガイザード様は無言で王宮行の馬車に乗っていた。
先程、思った以上に至近距離で──もしかしたら口付けしちゃうような距離まで近づいてしまった所為で、お互い意識してしまい気まずい雰囲気なのだ。
私たちは式は挙げていなくても書類上は歴とした夫婦だし、夫婦として口付けをすることは普通なのかしら。ヴィセンド殿下とはエスコートの際に触れるくらいだったから……わからないわ。
ガイザード様は、今まで婚約者の方が何人かいらっしゃったのよね。では、口付けもされたことはあるのかしら。
そう想像するとズキリと胸が痛んだ。
だ、駄目よ、今はそんな想像をしている場合じゃなくて──。
『もうっ!!聞いてますの?王宮では貴女の元婚約者と義理の妹が貴女方をもてなす準備をしているとか。ふふふ、バトルの匂いがしますわっ!!断罪のその後もバトルが続くなんて……貴女素晴らしいですわねっ!!!』
「えっ!!!???」
ベルローズの言葉に私は思わず声を上げてしまった。ヴィセンド殿下と……ナーサリーが……?
嫌な予感しかしない。
「ど、どうかしたのか、ロザリナ」
「い、いいえ、あ、その、外を眺めていたら知っているお店が閉店していたので、吃驚して声を上げてしまいました。突然申し訳ございません」
咄嗟に言い訳するが、ガイザードは心配そうな視線を向けてくる。今まで前髪で隠れていた、綺麗な瞳と目が合う。本当は、ガイザード様は守護霊のポメちゃんと同じように表情豊かなのかもしれない。
今はポメちゃんを見なくてもガイザード様の表情で何となく気持ちが分かる。それが嬉しかった。
「その、ロザリナ。先程は……」
「き、気にしてません!!!だって私たち夫婦ですものっ!!!」
「……そ、そうか」
か、会話が終了してしまったわ……。守護霊のポメちゃんもシュンと反省したように尻尾が垂れ下がっている。目の前のガイザード様の眉も下がっていて……。
可愛らしいっっ!!!
そう悶えてしまう私の背後で──。
『あら?その犬っころ……ま、まさか怪物辺境伯ですの!?えええええ、詐欺ですわ。これでは破滅が……。いいえ、まだあの道が……』
とガイザード様だと気が付いたベルローズが頭を抱えていたのであった。
◆◆◆
ヴィセンド殿下と婚約破棄して以来、久々に足を踏み入れた王宮は、忙しそうに皆動き回っていた。
明日の夜会の準備が行われているのだろう。以前であれば、私も来賓の確認に、会場の準備にと忙しくしていたはずだ。こうして招かれる側に回るとは思ってもみなかった。
そして、隣には──
「どうした?緊張しているのか、大丈夫だ」
ガイザード様が居る。それだけで心強かった。国王陛下との謁見室の扉の前で私は背筋を伸ばし、ガイザード様に微笑んだ。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「何かあれば、すぐに言ってくれ。無理だけはしないように」
守護霊のポメちゃんもキリっとこちらを向く。ガイザード様とポメちゃんに守られる私は最強なんじゃないかと思った。私の守護霊様は……『ほほほほほ、破滅への一歩ですわぁぁぁ』とか不安になるようなことしか言わないから、全く守護されていない気がする。
扉が開き、部屋に入室する。
ガイザード様と共に国王陛下に挨拶を述べ、礼をする。国王陛下の許可があり頭を上げると──
すっごい太ったおっさん守護霊に守られた国王陛下の姿が目に映った。
ヴィセンド殿下といい……王家の血筋はおっさんに守られる血筋なのかしら……、と遠い目をしかけてしまった。ヴィセンド殿下の禿げたおっさんと、このすごい太ったおっさんが談笑とかしていると、笑いが込み上げてしまうので本当に堪えるのが大変だったことを思い出す。
それに比べ、ザグリオン辺境伯は可愛らしいポメちゃんやかっこいい熊さんと、心穏やかに守護霊たちを見ていられる。
そんなことを場違いに思っている内に、ガイザード様からの報告は終ってしまったみたいだ。
「ふむ。ザグリオン辺境領はこの国の護りの要だ。これからも宜しく頼む。して……ガイザード。少し見ぬ間にアルネルそっくりになったな。どのような心境の変化があったかは存ぜぬが、お主の変化を嬉しく思う」
「勿体なきお言葉。これからも陛下へ忠誠を捧げ、領地を治めてまいります」
「そう畏まるでない。ずっと独り身だったお前が奥方を迎え余は安心しているのだ。ロザリナもヴィセンドが勝手をして苦労をかけたな。余としては其方が義理の娘になるのを楽しみにしておったが、ガイザードの元へ嫁ぐのならばそれも良かろうと思った余の判断に狂いはなかったようだな」
ガイザード様のお母様であるアルネル様は国王陛下の腹違いの妹であり、ガイザード様と陛下は伯父と甥の関係になる。だから近しい会話になるのだ。前髪を上げ、素顔を隠さないガイザード様の変化を陛下は伯父の顔で微笑ましそうに眺めている。そして私にも柔らかな視線を向けてくれた。
ヴィセンド殿下との婚約破棄の際にあっさり陛下から許可が下りた時は、陛下にも私が『悪女』のように思われていたのだと心苦しくなったが、それはもしかしたら違ったのかもしれない。
「陛下……」
「ガイザードを頼む。ヴィセンドの沙汰は余に任せてほしい。あやつは……。いや、ここで言うことでは無いな。明日の夜会も出るのであろう?また会えるのを楽しみにしている」
え……?
まさか、陛下はヴィセンド殿下を……。
そんな疑念を持ちつつ、国王陛下との謁見は無事に終わったのだった。




