2.だ、だれ……?
辺境から王都までは馬車で3日かかる。ガイザード様が馬を走らせれば2日もかからず着くのだと聞き、私に合わせてゆったりした日程を組んでくれたのだと、感謝の思いで胸が温かくなる。
それに、道中ガイザード様と同じ馬車で、色々と他愛のない話が出来るのも密かに嬉しかった。
外の景色が王都に近付く度に、ヴィセンド殿下に婚約破棄されたことや、異母妹のナーサリーと共に断罪してきたことが脳裏をよぎる。
その度にガイザードの守護霊であるポメちゃんが心配そうに私を覗き込み、硬く握りしめた手をぺロペロと労わるように舐めてくれる。
心配してくれているのだろうか。
ポメちゃんも……ガイザード様も──。
そう思うと、さっきまでの嫌な感情がスッと浄化されていくようだった。
「ロザリナ、あと少しで王都に着く。君が無理だと思ったら、王宮に行かなくてもいい。王都の屋敷で待っていてくれて構わない」
王都滞在用のザグリオン辺境伯家の別邸に滞在予定なのだけど、そのまま別邸に留まっても良いとガイザード様は気遣ってくれた。
その気持ちは嬉しいけれども──。
「大丈夫です。私、ガイザード様と共に行きたいのです。だって、ガイザード様の妻なのですから」
ヴィセンド殿下が勝手に決めてしまった婚姻だけど、今となっては私は本当に幸せだと思う。書類上だけの妻ではなく、ちゃんとガイザード様の横に並べるような、そんな伴侶でありたい。
「わかった。でも、本当に辛いようだったら、無理をする前に言ってくれ。……君を護るのも、その、夫である私の役目なのだから」
恥ずかしそうに言うガイザード様に、きゅんとしてしまう。『夫』宣言、すごい威力です。この言葉だけで、頑張れてしまいそうな気がしてきた。
そうこうしている内に、馬車は王都へと入ったのであった──。
◆◆◆
王都の別邸はとっても頑丈そうな作りの邸宅だった。敵に責められても大丈夫!!といった、防御に優れた面を考えて作られたような、流石辺境伯の別邸!!といった感じだった。
一日別邸で休息し、明日は王宮へ出向き、国王陛下に婚姻の報告と、辺境伯領の報告がされる予定である。
馬車の旅と王都への緊張で気が張っていたのか、丸一日寝入ってしまい、今日、王宮へ向かう日を迎えていた。
辺境伯領で作ったドレスは、上品な藍色の生地と、紫の刺繍が施された落ち着いた雰囲気のデザインで、国王陛下への挨拶にぴったりである。
マーロに着つけてもらい、久々にフル装備の戦闘モードだ。それでも、ガイザード様に頂いたネックレスとイヤリングを着けると乙女のようにドキドキしてしまう。
ガイザード様も準備できたかしら。
式典用の軍服を着用されると言っていたので、実は物凄い楽しみなのである。素晴らしい体幹の持ち主なので、絶対に似合うはずだ。
心待ちにしていると──。
何やら部屋の前が騒がしくなる。
なにかしら……。
と他人事のように思っていると、ドアの前に立つ人物を見て固まってしまった。
「っ!!!!???」
目の前には、長い前髪を後ろに撫でつけ、彫刻のように美しい切れ長な紫色の瞳に、整った目鼻立ち、ワイルドな古傷が頬に刻まれてはいるが、全体的に息を呑む程美しい容姿の軍服を着こなした精悍な男性が立っていた。
だ、だれ……?
ポカンとする私に、男の人の背後に浮かんでいた守護霊のポメちゃんが駆け寄ってくる。
ポメちゃんが居るってことは……。
まさか──っ!?
「ガ、ガイザード様なのですか……?」
「ああ」
やっぱり!!!
声はいつものガイザード様で少しほっとする。
あまりの変わり様にジーっと見つめていると、ガイザード様は気まずそうに目を逸らした。
「素顔の私は傷もあるし、その……恐ろしいだろう?皆目も合わせず逃げていく」
「え?いや、心底驚いてはいますが、恐ろしくはありません」
吃驚しすぎて正直に言ってしまった。私の言葉にガイザード様は目を丸くした。
「君は……恐ろしくないのか」
「はい、お美しくて目のやり場に困りますが……」
「なにをっ……。美しいのは君じゃないかっ!!ドレスも良く似合っている!!!」
「ええっ!!?!?」
突然の誉め言葉にお互い頬を赤くしてしまう。ガイザード様に褒めていただけるなんて、すっごい嬉しいのだけど、いや、今の問題はそこじゃないと、必死に平然を装った。
「母上に、出掛ける前に言われたんだ。王都で君を護るためには……素顔を隠している場合じゃないと。その、こんな顔が隣に居るのは嫌かもしれないが……」
「待ってください、ガイザード様。なぜそんなに悲観しているのでしょうか……。とっても綺麗な御顔かと……」
「優しいのだな。この頬の傷を見て令嬢達は気を失い、兵士達ですら目線すら合わせてくれないのだ。そんな酷い顔なのに……」
いいえ。きっと美しさに令嬢達は気を失い、兵士さんたちも、普段と素顔が異なり過ぎて固まっていただけではないかしら。
普段から周りを気になさるガイザード様はきっとその対応で心に傷を負ってしまったのだわ。
私も、幼い頃から超絶美人な守護霊のベルローズを見慣れていなければ、昇天していたかもしれない。初めてベルローズに心から感謝したいくらいだ。
今まで前髪を伸ばし、頬の傷や素顔を隠して、自分の顔で誰かを不快に思わせないようにと、そう思って過ごされてきたのかしら。
その決意を、私の為に覆し、前髪を上げてくれたとしたら……とっても勇気が必要だったはずだ。
「恰好いいです。頬の傷も、ガイザード様もっ、とっても──」
私は泣きそうになるのを必死に堪えながら、ガイザード様の頬に触れた。
「ロザリナ……」
守護霊のポメちゃんは尻尾を千切れそうに振りながら、その場を高速回転し始めた。え?喜んでくれているのかしら……?
私の手をガイザード様の手が優しく包み込み──、そのまま綺麗な御顔が近付いて──
「旦那様ぁ!奥様ぁ!そろそろ支度を……ってすみませんっ!!!お邪魔をっ!!!!」
マーロが入ってきてくれて、パッとガイザード様と距離を取った。
ええええええ!?
い、今!?
近付き過ぎた距離に私はしゃがみ込んでしまうのだった。




