4.ロザリナは、今でも第二王子を愛しているのだろうか。
「ガイザード様。私、ガイザード様と共に王都へ向かわせてください」
そうロザリナに言われ、私はすぐに言葉を紡ぐことができなかった。本心を言えば、未だ悪意の渦巻く王都にロザリナを連れて行くことは避けたい気持ちが大きい。
王家から打診された婚姻のため、定例の報告にはロザリナを伴うことは半強制事項であったが、それすら無視してロザリナを辺境に留め置く覚悟はしていたのだ。
彼女に嫌な思いはしてほしくない。
最近はよく笑顔をみせてくれるロザリナを、王侯貴族の悪意にまみれた群れの中へ放り込むような真似はしたくなかった。けれども、ロザリナの意志は尊重したい。彼女が望むことは、例え些細なことでも叶えてやりたい。
「わかった……」
断腸の思いでロザリナの王都行きを承諾したが、もうひとつの不安があった。
もしや、第二王子に逢いたいから王都に行きたいのだろうか。
嘗て婚約を結んでいた相手だ。多少の情もあるだろうし、見目麗しいと噂される第二王子を想い続けていても不思議ではない。
ロザリナは、今でも第二王子を愛しているのだろうか。
怪物と呼ばれる自分がロザリナの想いに口出しする資格はないと分かっている。しかし、心はどんどん不安に覆われていく。
ふと思い出すのは、先日からロザリナが必死に夜更けまで刺繍に勤しんでいる姿だった。ロザリナの部屋から漏れる光を不思議に思い一度だけ心配で覗いたことがある。金色の刺繍糸でマントに必死に刺繍する姿は、夜の妖精のように美しすぎてすぐに部屋を後にしたのを覚えている。
第二王子は黄金に輝く美しい髪を持つと噂で聞いたことがある。きっと、第二王子を想って、夜な夜な刺繍を刺しているのだと……そう理解した。
ロザリナの心は、第二王子にある。
それは仕方のないことだと思う。自分のような怪物の元へ嫁がされたのにも関わらず、毎日嫌な顔をせずに、共に過ごしてくれる。それだけで自分には過分すぎるほどの幸せであるはずだ。
最近自分の心に生まれかけていた想いに無理やり蓋をする。
ロザリナが悲しい思いをしないように己の全てをかけて守り抜こう。
自分に出来ることはそれしかないのだから。
そう心に誓うのであった──。
◆◆◆
最近、ガイザード様のご様子がおかしい気がするわ。
ガイザード様本人は変わらない様子を取り繕っているようだが、守護霊のポメちゃんの元気がないのだ。誰も見ていないときにはシュンと項垂れ、尻尾も垂れ下がっている。
私を見ると、いつものように『きゃんきゃんっ!』と可愛らしい姿をみせてくれるのだけど、やっぱり元気がない気がしてならない。
王都行きが近付いてきて、やはりガイザード様の気分が晴れないのだろうか。
「奥様、どうされたのですか?今日はドレスが仕上がる日ですよぉ!!せっかく王都のパーティーにも参加されるのですから、しっかり仕上げてもらいませんと!!ああ、奥様はお綺麗ですから、ドレスもお似合いになるのでしょうねぇ!!」
ワクワク顔のマーロに、私はつい笑顔になってしまう。普段着用のドレスとはまた違った華やかなドレスは久々に着るので、私も実は少し楽しみなのだ。
ヴィセンド殿下の婚約者だった頃は、よく着飾って社交の場に出たものだけど、戦闘服のような気がしてあまりお洒落を楽しむ余裕が無かった。
今回は自分の好きなデザインのドレスを仕立ててもらった。ガイザード様の美しい紫色の髪に合わせた、菫色のドレスだ。ガイザード様の色を纏えるようで嬉しい。
以前は金髪碧眼のヴィセンド殿下に合わせて、金色の刺繍が施されたドレスが多かった。母譲りの蜂蜜色の髪の私とは色がかぶってしまい、あまり着こなせなかったような思い出がある。かと言って瞳の色に合わせた青色のドレスは元々きつめの顔をしている私をもっと怖い印象にしてしまっていた。
まあ、ピンクゴールドの髪に可愛らしい顔立ちのナーサリーならばどんなドレスも着こなしてしまうのだろうなと、少し昔の思い出に浸っていると、気が付けばドレスの着付けが終わっていた。
サイズがピッタリなふわりとした菫色のドレス。そっと鏡を見ると──今までで、一番自分に似合っているのではないかと思ってしまった。
ガイザード様の……色だわ。
心が温かくなる。そして少し照れくさいような。知恵熱が出た時のように、未だ知らない感情が胸の中に溢れ出てくる。
「お綺麗ですぅぅぅぅぅぅ!!!!だ、旦那さまぁぁぁぁぁ!!!!!!」
号泣しながらガイザードを呼びに行ったマーロを止める間もなく、マーロに引っ張られガイザード様が衣裳部屋に顔を出した。
「っ!!!」
『きゅっ………』
ガイザード様も、守護霊のポメちゃんも同時に絶句する。
え?そんなに似合ってなかっただろうか?
自分ではいいと思ったものの、同時に固まられると不安に思ってしまう。
「旦那様、黙っていないで奥様にお声をかけてください」
ニッコリと執事のロバートがガイザード様を促し、固まっていたガイザード様は何とか口を開けた。
「き、きれいだ……すごく」
「えっ……」
予想外に褒められてしまい、顔が真っ赤に染まってしまった。今まで何回もヴィセンド殿下に上辺だけの言葉を言われたが、まったく響かなかったのに。(むしろ社交辞令どうも、とか思っていたのに)
どうしましょう。
すごく嬉しいわっ。
何着かドレスを着替えては、ガイザード様がその姿を見て固まり、ロバートに促され口を開く……といったことを繰り返し、衣装合わせは無事に終わった。
全部「きれいだ……」と言ってくれたガイザード様だったけど、全部にドキドキしてしまった私はなんなんだろうか。
普段着に着替え、ガイザード様とお疲れ様会のようにお茶をしていると、ガイザード様はモジモジと私に箱を差し出した。
「え……」
「その、私からのプレゼントだ」
箱を開けると、ドレスに合わせたネックレスやイヤリングが入っていた。その宝石はかなり値の張るものでは!?とゴクリと息を呑む。でも、一生懸命選んでくれただろう、その宝石たちがとても愛おしく感じた。
「あ、ありがとうございます。大切にしますね。あ、私からも、ガイザード様にお渡ししたいものがあるんですよ」




