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デビュタント-3

控え室に入ると直ぐにドレスの状態を確認した。


「白い衣装の部分は簡単な染み抜きで大丈夫そうですわ。問題の刺繍の部分ですが、こちらの赤い糸は濡れると生地を侵食しやすい染料のようです。強いお色にはよくある事です。水分は吸い取りましたのでこれ以上は広がりませんが、隠す必要がありますわね……」

「……隠すようなものなどありませんわ……」


アイリーンは青ざめた顔で、打開策を考えることもできないようだった。ただ赤い染みを見つめており、侍女を呼ぶ様子もなかった。


「アイリーン大丈夫ですわ。私は祖母にあらゆる状況を想定し対応できるようにしなさいと育って参りましたの。このくらいの対応は問題ないですわ。私は刺繍を隠せる装飾品を準備いたしますので、アイリーンは侍女に染み抜きをして貰ってくださいませ」

「わ、わかりましたわ」


私は目配せし侍女を呼び、自身のドレスのリボンを取り外す。このドレスはリボンの形状を変更できるデザインになっている。質感の異なるリボンを何重にも重ね纏めることで今は華やかさを全面に出したデザインになっていた。アイリーンのドレスに合いそうなリボンをいくつか取り除き、残ったリボンをドレスに付け直す。ボリュームが抑えられ華やかさよりも気品を押し出したデザインになる。この後のダンスに合わせたお色直しのように見えるはずだ。

取り外したリボンを使い巻き薔薇を作る。

カートイット家は装飾品を領地の強みとしている為、実は当主である父でさえこのくらいの手仕事ならこなせてしまう。作る過程を知らなければ正しい経営はできないと父は言っていたが、母に手づからの装飾品をプレゼントするのを楽しみにしている様子を見るとそれだけが理由とは思えない。

白いリボンのバラが数輪出来上がった頃にはアイリーンの侍女も無事染み抜きを終えたようだった。

赤い滲みの部分にリボンの薔薇を縫い付けると蔦模様も相まって元々そのようにデザインされたドレスのように見えた。


「これで大丈夫ですわね!色は白ですが、アイリーンの髪飾りも薔薇がモチーフですし不自然ではないと思いますわ」

「……ありがとう存じます。フェイブルはいつもこのように緊急時にも対応できるような準備をしてますの?」

「はい。準備を重ねても対応できないこともあるでしょうけど、自分が想定できる範囲のことは対応できるようにしていますわ。私達はこれから王室で働くことになりますもの、お互いにカバーしていきましょう」

「……ええ。今日は緊張して動揺してしまいましたが、二度とこのような失態はおかしませんわ。」

「そんなに身構えなくとも大丈夫でしょうけど。では、アイリーン戻りましょうか。ダンスが始まってしまいますわ」


ホールに戻ると既に楽団が準備を始めていた。はやくクロウと合流しなくては。


「アイリーンのパートナーはどちらにいらっしゃいますの?急に控え室に戻ることになってしまったけれど、お探しできそうですか?」

「私のパートナーはお兄様ですの!妹の私がいうのもなんですが、女性的な顔立ちでありながら、騎士としての実力もあり自慢の兄ですのよ!お洒落も大好きでこの間なんて……」

「あの、アイリーンもうすぐでダンスが……」


アイリーンに時間が迫っていることを伝えようとすると、ふいに腰を抱かれた。すぐにクロウだと分かり力を抜く。


「ご令嬢、申し訳ないのだが私の婚約者を返して貰っても良いだろうか?そろそろダンスが始まるようなんだ」


アイリーンは驚いた様子でクロウを見るとワントーン高い声で話始めた。


「は、はい!あの、私はショモナー伯爵家のアイリーンと申しますわ!お近付きになれて嬉しいですわ、クロウゼス様!」


アイリーンは髪を弄りながらうっとりとクロウを見つめている。クロウをこのように見つめる令嬢はごまんといるし、その令嬢全員が私に敵意を向けるわけでもないので、そちらは今の時点で気になる事ではないのだが、同じ王宮勤めとしてこの癖に対しては忠告すべきか悩んでしまう。


「フェイ、俺の事を紹介してくれる?」


アイリーンは既に会話を始めてしまっていたが、クロウの言い分が正しいので、さりげなく腰に当てられた手を紳士たる位置に戻し、正式なマナーに則って婚約者を紹介した。


「アイリーン、私の婚約者のクロウゼス・シャーレッツオですわ」

「えぇ!存じておりますわ!!」

「クロウゼス・シャーレッツオです。よろしくショモナー嬢。フェイと仲良くしてくれると私も嬉しいよ」


二人の声の温度差とクロウが不愉快な時にだけ見せる貼り付けた笑顔を見遣り、今後二人が対峙するような機会は徹底的に排除しようと思った。

しかし、アイリーンは王宮配属なのだ。私は見知った令嬢を思い浮かべた。少なくとも彼女よりは優秀もしくは適していると判断されたのだと。デビュタントという特別な状況下での様子のみで人となりを決めつけるは傲慢なことだし、同僚となるのだからお互いの苦手を補いあっていけたらとも思う。

ただ、クロウの直感はなかなか外れることはないのだけれど……


「さぁ、楽団も準備が整ったようだよ?今年のデビュタントも例年通り士官学校の最優秀者がファーストダンスの権利を貰えるらしいからね」

「では、ファーストダンスは……」

「そう。俺たちだよ」


アイリーンに王宮での再会を楽しみにしていると伝え、フロアの中央に向かう。

ファーストダンスは、デビュタントを除くと通常は王族、もしくは王族に連なる爵位の高い方々が務めるものだ。本当にクロウの傍に立つには鋼よりも強い心が必要だと実感する。


「久しぶりのダンスだね?」

「そうね、クロウと踊るのは本当に久しぶりだわ」

「ずっと楽しみだったんだ。さぁ、改めてお手をどうぞ俺のお姫様」


クロウの言う通りだ。緊張して失敗するくらいなら、クロウとの久しぶりのダンスを楽しもう。そう思うと肩の力が抜けた。


「ありがとう、クロウ」

「こちらこそ、気品高く麗しい大人の女性に様変わりした姿を見せてくれてありがとう」


クロウはドレスが変わった本当の理由も分かった上で、私が突然の事にもきちんとレディとして対応出来たことを褒めてもらえたのだと思い、嬉しくなった。

笑顔のままクロウの黄金色の瞳を見つめていると、いつものようにステップを踏み出すことが出来た。



「少しはリード上手くなったかな?」

「あら、クロウのリードは昔から上手よ?」

「そりゃあ、フェイのリードに失敗したなんて言ったら母上が悪魔の如く怒り狂うからね……」

「お義母様が?想像つかないわ」


私は、お義母様が怒っている姿を目にした覚えがない。私が何か失敗した時でさえ、失敗も時には必要なのだから気にしすぎてはダメよ、と優しく慰めてくださる。

腑に落ちない様な表情を浮かべると、クロウがうちの家族は全員フェイには甘いんだと様々なエピソードを話してくれる。どのエピソードも笑ってしまうようなものばかりで、話に夢中になってる間にあっという間に最後のステップを迎え、ダンスを終えると盛大な拍手に包まれた。

そのままフロアから離れようとしたクロウを手を離さないことで私は引き止めた。クロウは何度か瞬きをすると私の意図を悟り誘う言葉を口にした。


「お姫様、もう二、三曲お相手してもらえるかな?」

「そうね。もう二、三曲踊っても良いと思うわ。婚約者だもの」


次々にデビューを迎えた白い衣装を纏う者達でフロアが埋まり、皆一斉に動き出す。一曲目とは異なる軽快な音楽に呼応するように弾んでいたクロウのステップが、途中から心無しか落ち着いたものに変化した。



「どうかしたの?」

「ん?いや、何でもないよ。ちょっと冷静になっただけ」

「……?そう、それは良かったわ」


クロウは分かっているだろうか。必要以上に警戒しないことと、隙を見せないことは違うのだと。

クロウの隣を狙う令嬢の数に限りはない。

全員を警戒することとなれば神経はすり減り、親しくなれたかも知れない友を失い、不用意に敵を増やしてしまうことにもなりかねない。

しかし、そのことばかりに囚われると、隙が生まれてしまう。

婚約者を大事にしていないのではないか、それほど想いあってはいないのではないか、他の男性に興味があるのではないか、私にとって全くありえないことであっても想像の余地を与えると途端にクロウに惹かれる令嬢達の行為はエスカレートしてしまう。

クロウを不幸せな婚約から自由にしてあげるのだと。

令嬢たちへの牽制。それも真実だけど……。

でも本当は、私がクロウ以外の人と踊りたくないのだ。クロウが隣にいないのなら私は壁の花で構わない、いっそ社交界さえ捨て去りオールドミスとして国の為に自分の力を捧げていきたい。

クロウでなければ結婚したいなどと思わないのだから。

クロウは気付いているだろうか、私がクロウ以外には親族やクロウのお父様としかダンスをした事がないことを。気付いたらどう思うだろう。


ダンスの終わりを待ちわびるような令嬢たちからの視線が無くなると休憩の為に庭園に出た。

噴水の縁に腰掛け、星々が作り出した清涼な空気で肺を満たし、心をほぐした。

不意に、クロウが立ち上がり目の前に跪くと、決意を込めた瞳を向け私の手を取り自身の手を重ねた。


「必ず幸せにするよ」


そう言ってクロウの手が離れると、私の手の上には、クロウの瞳色に輝く宝石が中心に添えられた、銀のアンクレットが現れた。

彼が決して普段は表に出すことのない強い執着と、自分の中にも秘してある同等のそれが具現化したようだった。これでは私だけ秘めている訳にはいかなくなってしまった……

「仕方ないわね」と呟き、お礼のキスを頬に贈った。


「プレゼント嬉しいわ」

「……あー、このまま連れて帰りたい」


突然力強く抱き締められ、恥ずかしさもあり、つい批難の声を上げる。


「もう!痛いわ!」

「だって、フェイが可愛い」

「理由になってないわね?」

「わかってる」


クロウに似合うアンクレットはどんなかしら?

手にした時のクロウの笑顔を思い描きながら、私のデビュタントの一日は終わった。

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