舞踏会-2
「紹介するわ。こちらは私の一番大切な友人のカルデン・ピンジット伯爵令息よ。見た目の通りとても逞しくて優しい方なの。そして何より正義感に溢れていて困っている時はいつも助けてくれるのよ。カルデンこちらがフェイブル・カートイット伯爵令嬢よ」
「初めてお目にかかります。フェイブル・カートイットと申します」
「なるほど貴様が……」
ピンジットという名を聞かなくても、初対面の挨拶もしないうちから敵視してくるような態度と身に付けた数々のガーネットの装飾品を見れば要注意人物であることはすぐ分かった。
「カルデン、カートイット令嬢ったら婚約者が前線に行くことになって不安になっている私を追い詰めるようなことばかり言うの。それに私の愛なんて理解できないって言うのよ?友人のように接してきたのに悲しいわ……」
「……やはりアイリーン嬢が言った通りの人物だな。貴様がどれだけ最低な人物であろうとシーナが大丈夫と言うから今までは怒り抑えてきたが、人が不安になっている時に執拗に口撃するとは卑劣極まりない。貴様が男であれば決闘を申し込んでるところだ!」
「カルデン私のためにありがとう。でもいいのよ。愛が分からない人に私の気持ちが理解出来るわけがないもの。理解できない人に理解しろと言うのは酷だわ。友人になんてなれる訳ないのに……私が間違っていたのよ」
「……シーナ。こんなにも愛情深い君の心を傷付けるなんて、君が許せても今回ばかりは俺が許せなそうに……」
芝居がかったノミンシナに合わせるようにカルデンも自ずと感情的な返答を見せる。傍から見たら陳腐な芝居にしか見えない大袈裟なやりとりが自分達だけの世界のリアリティを高めているのだろうか。そのようにしてノミンシナとアイリーンが話した嘘の数々を全て信じきり誤った正義感に燃える者に対しては何を話しても無駄であり、怒りを煽るばかりなのは明白だ。
シュレイ様に呼ばれているとでも言って場を辞すことが一番被害が少ないだろうとレイユを探すと、王妃様に解放されたようで既にこちらに向かって来ていた。
「フェイブル!ようやく貴女の傍に来れたわ!あちらで一緒にお話しましょう?」
「シュレイ様、ええ是非……」
「なんだ貴様はいきなり無礼な!」
レイユの誘いかけに応じて問題なくこの場を去れると思ったのにカルデンのがなり声に機を失う。私がシュレイ様と呼びかけ、呼びかけられた相手が格調高いドレスに国王と同じ髪色をしていてもカルデンの頭の中ではそれがサノス公爵令嬢と結びつかないようだ。
「……貴方こそなんですの?挨拶を受けた覚えもありませんが?」
「なっ!!よく見れば貴様は先ほどシーナの婚約者にちょっかいを出しシーナを傷付け……」
「先ほどお会いしましたわね、サノス公爵令嬢。友人のフェイブルとはお知り合いでいらっしゃいますの?」
「……サノス公爵令嬢」
一気に不機嫌な様子を見せるレイユに対し、これ以上余計なことを言わせないようノミンシナはカルデンの腕に添えた手に力を込めながら話し出した。
事前に会っていたにも関わらずカルデンはノミンシナのその言葉でレイユが公爵令嬢であることにようやく気が付いたようだが、今の今まで敵視していた私をノミンシナが友人と言っていることは全く気にしてないようだ。
頭の中は一体どうなっているのだろうと思ってしまう。
「貴女からも挨拶を受けた覚えはありませんけど?フェイブルは私の信頼のおける友人ですから、貴女方のような無礼な者がフェイブルの友人であるはずがありませんわ。まあ、お二人はお似合いでいらっしゃいますけど」
「私らしくない振る舞いを見せてしまい申し訳ありません。ノミンシナ・ハオスワタと申しますわ。先ほどは姿の見えない婚約者を心配するあまり……わかってくださるでしょ?カルデンも私を心配するあまり少し苛立ってしまっただけですの。フェイブルは秘密主義なところがあるから友人であることもご存じなかったのでしょう、でもせっかくお会いできたのですから仲良くなれたら嬉しいですわ。些細なことに目くじら立てるような公爵令嬢ではございませんわよね?」
レイユが言うように私はノミンシナと友人であったことはないし、ノミンシナをレイユに近付ける事もしたくない為、きっぱりと告げることにした。
「お言葉ですが、ノミンシナ様は先ほど私とは友人になれる訳がないと仰っておりましたし、私もそう思っております。今後お見かけしてもご挨拶は控えさせていただきますので安心ください」
「……だそうよ?では失礼するわね」
「待て!カートイット令嬢!サノス公爵令嬢の権力を傘にきてシーナを傷付けるとは!……うぉ!!」
今度こそこの場を去れると歩き出そうとした私の肩を掴もうとカルデンが手を伸ばしてきた。あまりの行いに一瞬身体が硬直する私の目の前でカルデンは横からの突撃を受け、呻き声とともに軽く体勢を崩し手に持っていた赤ワインで自らの服を染めていた。
「ハゲ!フェイブルから離れろ!」
「……ノイハ殿下!?」
突撃の正体はカルデンを一瞥すると笑顔でこちらに向き直る。中庭を駆けて来たのかカルデンの脇腹には土色の靴跡が薄ら見えた。
「フェイブル!贈ったドレス見に来たんだ!やっぱり似合う!あれ?でも襟なんてなかったよね?」
「こ、これはその虫に刺されてしまい……」
「もう冬も近いのにしつこい虫だなぁ、フェイブルを刺すなんて」
「……ではなくノイハ殿下!こちらにいらしてはならないはずです。陛下に許可を頂いてのことですか?」
「……いや、あの」
突然の事に思わず殿下の存在を受け入れてしまったが、この場に殿下がいることなどあってはならないことだ。許可もなく勝手に入り込んだことも明白であり、すぐに対応しなければならない。
レイユが「お兄様達を呼んでくるわ」と耳打ちし向かってくれたため、私は殿下と手を繋ぎこの場から走り去る事を防ぐ。
「まあ、カルデン大丈夫?ワインが零れて染みになってしまっているわ……サノス公爵家が王位を狙い王妃様の教育を阻害なさっているという噂は本当でしたのね。フェイブルはサノス公爵家に友人をもちながら王妃様と殿下の希望で教育官になったのでしょ?今のまま職にあたるのは殿下を裏切る行為じゃないかしら?立場をはっきりさせてはいかが」
「裏切る?」
「初めてお目にかかりますノミンシナ・ハオスワタと申します。ノイハ殿下、裏切るというのはフェイブルがノイハ殿下の為を思って指導にあたっているかは分からないということですわ」
「そうなのフェイブル?」
「殿下。私も王妃様もサノス公爵家も皆が殿下の事を想っております。それぞれ考え方が違うことがあってもです」
ここぞとばかりにノイハ殿下に私のみならずサノス公爵家への不信を植え付けようとするノミンシナに怒りを覚える。この場でキエナ様達を待つことは得策ではないと歩き出すと連絡を受けた王妃様が現れた。
「まあ、ノイハどうしたの?私がいないから不安になってしまったのかしら?ありがとうフェイブル。ノイハを見つけてくれて。それにしても危険だわ近衛は何をやっているのかしら、後でキエナに言っておかなくてはならないわね」
「母上!僕が悪かったんです!すぐに戻るのでキエナには言わないでください」
「まあ、貴方は悪くないのだから、キエナを庇う必要はないのよ」
必死に王妃様に言い募る殿下の内情は全く王妃様に伝わらず、その場から逃げ出そうと繋がれた手を振りほどこうとする動きが次第に強くなる。
そこへ後ろから冷徹な声が聞こえてきた。
「庇って居るのではないと思いますよ王妃様。ノイハ殿下なぜここにいらっしゃるのです?」
「キエナ……」
「母がいなくて寂しかっただけよ、まだ幼い子を責めないでちょうだい。それよりも近衛騎士の教育はどうなっているのです!このままでは大切なノイハを任せて置けません」
「……本日は舞踏会の為、近衛は会場を担当しており、離宮の担当は騎士団になります。まあ、しかし守る訓練はしていても警護対象から逃げられることは想定していなかったのでしょう。王位継承権を保有する者の行動ではないですからね」
「なんてことを言うの!?ノイハが悪いとでも!?」
キエナ様の横にはエルゴ様もいらっしゃり、ヨークは素早く私の横に立ち殿下の逃げ道を塞いだ。
キエナ様の淡々とした声に対し王妃様は感情を露わにしており、公の場での王妃いや貴族らしからぬその態度は今後かなりの醜聞を残してしまうだろう。殿下がこの場に現れただけでもまずい状態であるのに。
「王妃様、王妃様がおっしゃるように警護を担当した騎士団の失態ですわ。ですが、騎士団の全てが悪いとは思わないでくださいませ。私は優秀な騎士を何人も存じております。こちらにいるカルデンも大変優秀な騎士ですの。王妃様が宜しければ殿下の側近としてカルデンのような優れた騎士を推薦させていただきたいですわ」
「……ありがとうノミンシナ、あなたが勧める騎士なら確かでしょうから考えさせて頂くわ。しかし、キエナ、私は騎士団のみに責任があるとは思っていないわ。ノイハがまだ母を恋しがる子どもであることは近衛なら知っているはずよ騎士団への引き継ぎに不足があったのではなくて?」
王妃様を擁護する様子を見せたノミンシナに対し王妃様はいくぶん表情を緩めるがキエナ様に対する口撃は止む様子がない。
だが王妃様とノミンシナの親しそうな様子には二人の深い関わりを思わせた。
「王妃様、キエナが言いましたように殿下の行動は許されるものではありません。殿下には早急に親離れしてもらい教育を進めないことにはどんなに優れた側近や騎士であろうと様々な意味で殿下をお守りすることは出来ません」
「……私からノイハを奪うというの!!?」
諭すように穏やかに話されたエルゴ様の言葉に対し王妃様はさらに激高し声を荒らげた。
お茶会でもそうだったが、王妃様は微笑んでいらっしゃるのが常でこういった姿を拝見することはなかった。
いつもとは異なる王妃様の様子にまわりの貴族たちも驚きを隠せない状況だが、殿下には驚いた様子もないため目にしたことがあるに違いない。
おそらく殿下に関わることに関してだけ過剰に反応してしまうのだろう。出産までの苦難を思えば同情すべき事情はあるが、それでもここまでの失態を無かったことにはできないだろう。
「そこまでにしなさい」
それ程大きな声ではないにも関わらず周りを一斉に黙らせてしまう重みのある声が響いた。
「陛下」
王妃様が呼び縋り、他の者は自然に礼をとる。
「シュレイ、王妃とノイハに離宮まで付き添ってくれ。ちょうど騎士団も来たようだから警護も問題ないだろう。キエナ、エルゴ今の件は後でまた」
「「「かしこまりました」」」
サノス公爵に指示を与えると、陛下は私の方を振り返った。
「カートイット令嬢、まだ若い君には荷が重いだろが、教育官に相応しい働きを期待している」
「期待に応えるよう精進致します」
私の返答を聞くと陛下はゆったりと周りに目をやり、集まる数々の視線を終いとばかりに手で払う。その動作だけで一斉に元の舞踏会らしい華やかな状態に戻った。
他が持つことのない威厳を放ち、サノス公爵家が従い、王妃様とは異なり教育官に相応しい働きを求められる陛下は施政者として確かに忠誠に値する人物であった。




