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デビュタントの日

フェイブル・カートイットはクロウゼスへの手紙を書き終えると、士官学校の寮へ届けるようジーンに指示しお茶を口に含んだ。


いよいよデビュタントの日を迎えるのだ。社交会デビューとなるその日は貴族の淑女としては人生を左右する日でもある。決して失敗は許されないのだから。

だからこそ衣装にはクロウの色を使った、彼の色に包まれていれば緊張も少しは和らぐだろうと。しかも、当日は彼自身が隣にいてくれる。もしかしたら緊張感を保つほうが難しかったりするのだろうか。そんな想像に思わず笑みが漏れた。


来る日、クロウを乗せた馬車がカートイット家に到着した。

その連絡を受けた私は、衣装の最終確認を行い婚約の首飾りを身に付けると、足早に玄関ホールに向かった。階下にクロウの姿が見える。今では背も高く精悍で洗練された立ち姿はすでに見習いではなく騎士然りとしており、見蕩れてしまう。

すぐに私の気配に気付いたクロウは途端に子犬のように目をまん丸にし口を開いた。


「フェイ、凄く可愛いね!綺麗だよ!!」


その勢いのまま駆け出さんばかりに足を踏み出したかと思うと、クロウは急に背筋を伸ばし紳士の仮面を被り直し手を差し出した。


「愛しい人、エスコートをさせてくれるかな?」

「ふふっ、ぜひお願いするわ」


誰もが見蕩れる紳士の仮面に子犬のような瞳だけは隠しきれずキラキラと輝いている。その瞳を見ていると今から向かう先がとても楽しく心躍る場所にすら思えてくるから不思議だ。彼のその内面こそが彼の最大の魅力だと私は思っている。


「ほらほら、いつまで見つめ合っているんだい?もう行かないと遅刻してしまうだろう」

「そうよ、私たちも直ぐに出るから先に向かいなさい」


そう両親に促され私たちは馬車に乗り込み、城へ向かった。


「そうだ、従弟のカエラから聞いたんだけど士官学校に紅蓮の魔女というのが現れるらしいんだよ。俺はまだ見たことがないんだけど…」

「紅蓮の魔女?」

「うん。フェイは、そういう不思議なものが好きだろう?俺も調べてみようかと思ってさ」

「ぜひ調べて!報告が楽しみだわ!」


私は不思議な話や難解なものについて思考を巡らすのが大好きだ。クロウはそんな私を知ってるから時々私の興味を引きつけるような情報を得ては教えてくれる。中には考えたことが馬鹿らしく思えるくらいの結果を迎えた話もあるが、そんな場合ですら、とても楽しい。なぜならクロウはいつだって私の楽しみを一緒に楽しんでくれるからだ。


それにしても紅蓮の魔女……何かの例えかしら?訓練中の事故や災害とか?女性騎士の学校はまた別にあるから士官学校にまさか女性がいるわけもないし……と私はデビュタントの事すら少し忘れ思考を楽しんだ。


城門を潜り馬車を降りればクロウの友人たちと顔を合わせた。

クロウの従兄弟のカエラに簡単に挨拶をすると「無駄に整った顔が崩れる原因!」と揶揄される。

そのことが嬉しくもあり恥ずかしくもあり、顔が少し赤くなってしまう。クロウが謝罪を口にするので「いいのよ」と笑いかけた。


カエラと別れると案内人によって通されたホールでクロウと二人でコールマンの呼び上げを待つ。


指先が少しだけ冷たく感じる。さすがにここまで来るとどうしても緊張が呼び起こされる。ふいに頬をつつかれ見上げるとクロウの優しい金の瞳が見つめていた。途端に指先に血が通って来たのを感じる。大丈夫だよと励まされ、その励ましに応えるようにクロウの腕を掴む手に少しだけ力を入れた。


「シャーレッツオ伯爵家クロウゼス様、カートイット伯爵家フェイブル様のご入場です」


コールマンの呼び上げと共に私とクロウは共に豪華絢爛な社交界へと足を踏み入れた。


豪奢なホールに足を踏み入れた瞬間に紳士淑女の囁かな声が上がる。一斉にクロウに向けられた賞賛を帯びた貴婦人方の視線は、即座に値踏みするような視線に取り代わり私に注がれる。

領地内ではそういった視線は久しくなくなっていたので失念していた。懐かしい視線に改めて姿勢を正す。クロウの横に立つのに付け焼き刃な足掻きなど意味はないのだから、自分のこれまでの努力が私を勇気付ける。

淑女の笑顔でその場を乗り切り、王族への挨拶に向かった。


「謁見賜りました。シャーレッツオ伯爵家クロウゼスでございます」

「カートイット伯爵家フェイブルでございます」


クロウに続けて名乗ると最上級のカーテシーをとる。テビュタントで行われる配属発表をもって、私は王族の側に仕えることとなる。王族を前に緊張などしてはならない、御心を慮り先回りした行動が求められるのだから。この僅かな時間も王族の意向を理解する為の有意義な時間としなければならない。


「顔を上げよ」


陛下の許しを得て顔をあげると、王妃から懐かしそうな眼差しを受けた。私の祖母はかつて王族の家庭教師として勤めていた。王妃が嫁いだ際の教育も担当していたと聞いている。私に面影を重ねていらっしゃるのだと思い、改めて祖母に敬意を抱く。祖母の名を貶めることのないよう誠実にお仕えしようとさらに思いを強くした。


「両家とも長く王族に仕えてもらっておる。今後も家名に恥じぬ働きを期待している」

「必ずや」

「仰せのままに」


王族への挨拶が終わり、デビューを迎えた面々とホール中央に立つと宰相閣下による配属先の読み上げが始まった。自身の同じ配属先の同僚の名を確認していく、その中に今までお会いしたことのない方の名があり少し気にかかったが、明日には顔を合わせるのだし特に気にする必要も無いかと思い直した。

貴族院生の配属発表は滞りなく終わり、士官学校、士官女学校の配属発表に移った。


「王城勤務、精鋭教育小隊ホビロン小隊配属…クロウゼス・シャーレッツオ」


クロウの名が真っ先に呼ばれた。すなわち今年のデビュタントの首席ということだ。

驚きとクロウの努力が正当に評価されている喜びと、今日何度目になるかわからない自分を叱咤する気持ちが同時に生まれる。いろいろな感情を胸にクロウを見上げる。

気負いのないクロウの笑顔がそこにはあり、自然と力が抜け私も笑顔になる。私は私らしく頑張れば大丈夫だとクロウの笑顔はいつだって私を前向きにしてくれる。

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