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友人とのひととき

お茶会の日からヨークは毎日ノイハ殿下に呼び出されては離宮の隅々を巡っており、作戦会議の時間が取れるのは殿下が任務を達成した後ということにして週末を迎えた。

私としても、自分の心を落ち着ける為にも、情報を整理する為にも都合が良かった。


婚約破棄は陛下の思惑でなされたと思っていた。事実そうであるのだろうが、話の始めは主教様だったのだ。ノミンシナと主教様に繋がりがあるのは間違いないが、どういった関係かはわからない。

王妃様は陛下と主教様の間を取り持つパイプ役であり陛下を支える為には主教様が必要だと盲目的に思われている印象もある。

主教様つまりは教会の意思は王妃様を通じて陛下に伝わり陛下はそれを蔑ろにはできないだろう。

しかし、王妃様自身の考えはわかったものの、陛下や主教様が何を考えているかは全くわからない。二人の思惑が一致しているのかに関してもだ。

わかっているのは私達の婚約破棄による利が陛下にも主教様にもあったということだ。


陛下も主教様も国のためを想って動かれている。それを疑ったことはなかったし、その前提があるから婚約破棄自体にもクロウを奪ったノミンシナにも悲しみや痛みはあっても怒りはなかった。国の為にはノミンシナが私からクロウを奪うことが必要とされたのだろうから。ただ、許し難いのはクロウの苦しみだ。それが国のために課せられた苦しみなら同じように背負いたい、解放される手助けがしたい。それだけだった。

ただ王妃を間近で知り、その確信が私の中で揺らぎ始めた。陛下と主教様は本当に国を想って動いているのか、クロウをあれほど苦しめるだけの正当な理由があるのか。

そしてクロウの親族でもあるサノス公爵家がどういった立場をとっているのかもわからない。サノス公爵家が国を想う気持ちは疑いようがない。キエナ様やエルゴ様を通してそれは私が自分で感じてきたものだからだ。

サノス公爵家が陛下を支持されている限りは間違いなく陛下は国のために動かれている。


その事を確認できる機会があれば良いが、陛下に不信を抱くこと自体があってはならない事であり、教会に異を唱える事も同じことだ。この芽生えた不信は自身の中に収めなくてはならない。

全てをヨークに話してしまったらヨークの未来を潰しかねない。考えるほど気が滅入ってきて頭を振り無理やり思考を振り払う。


明日は街に出て気持ちを切り替えよう。そうすれば、今とは別の考えができるかも知れない。



翌朝支度を終え真っ先に向かったのは父と訪れたカートイット家が関わる服飾店だ。

あの日から自身の勉強の為とショモナー家やハオスワタ家の情報が得られる可能性も高いため街に出る機会があれば積極的に訪れている。

店主に挨拶をするといつものように裏に回った。カートイット家の注文書を確認すると、あの日のガーネットのピアス以降にもブレスレット、指輪、カフスなどその数を増やしていた。注文はハオスワタでも支払いが別になっているものもあった。シャーレッツオ宛のものも。

これはクロウが承知して注文したのかしら?

それでも他のオトモダチへの注文は知る由もないだろうとガーネットの装飾品の情報は全て自分の頭に叩き込む。

ショモナー家の支払い状況は未納のまま変わりなく、クルライのものも期限は近いが未だ支払いはないようだった。

店内に客も増えてきた為、表に戻り店主に挨拶を告げ去ろうとすると、年下と思わしき見覚えのない令嬢に呼び止められた。


「カートイット伯爵家のフェイブル様にお間違えないでしょうか?大変不躾とは存じておりますが、私はユリーカ・ウラネスと申します。クルライ様の件でどうしてもお話すべきことがございまして、急にお声かけしてしまい申し訳ございません」

「……私がフェイブル・カートイットで間違いありません。お気になさらないでください。あちらでお話を伺いましょうか」


すぐに察知した店主が個室の用意に向かったのを見遣り、改めてユリーカに目をやる。シルバーピンクの艶やかな髪に淡い紫色の瞳でとても儚い印象を受ける。

このような方に負債を押し付けるクルライに失望と怒りをあらためて感じる。

個室に移動し話が漏れない状況を確認すると切り出した。


「お話というのは?」

「クルライ様からお願いされたものの中にカートイット伯爵家のフェイブル様個人宛のものがございまして。その……お支払いをさせて頂きたいのです」


クルライが茶会で注文した品はノミンシナに合わせた事で身の丈に合わず、他にも負債があれば困窮するのはわかるが、そこで頼るのがノミンシナではないことに言葉を失う。


「……申し訳ありません、少し驚いてしまいました。その支払いに関しては注文を受けた私の責任でもありますから、受け取る訳には参りません」

「いえ、個人的なことで恐縮ですが受け取って頂きたいのです。というのもこの支払いをもってウラネス家はショモナー家との縁を断ち切りたいと思っております。私もそれをようやく決断できたのです。何卒お受けいただけないでしょうか?」


婚約者に対する情も未だあるだろうに、私よりも幼い令嬢がそう決断せざる得なかったことがつらく、応援したい気持ちこそあれ、邪魔になるようなことはしたくない。


「……そのようなご事情があるのでしたら謹んで受け取らせて頂きます」

「……良かったぁ。ありがとう存じます」


ユリーカは安心したように両手を胸に当てあどけない笑顔をみせた。年相応の笑顔はミンティナと同じくらいの年頃に見え、親近感も湧いてくる。

そして何より自分の未来のためにつらい決断をし行動する彼女の強さに惹かれた。


「もしよろしければ、この後お茶でもご馳走させていただけないかしら?貴方の素晴らしい決断と新しい始まりをお祝いさせていただきたいの」

「……よろしいんでしょうか?」

「もちろんよ。是非フェイブルと呼んでください。ユリーカ様、私貴方と友達になれたらと思っているの」

「……私もです。フェイブル様」


ユリーカは本来の予定だった服飾店でのクルライの支払いを済ますべく一度席を立ち、その後二人で店を後にした。



焼きたてのアップルパイを口にするユリーカを眺めながら先程とは打って変わってファッションや学院についての話に花を咲かせる。

このカフェはカートイット出身の工房長が営む細工工房の奥に併設しており工房長の奥様が趣味で営業しているため、その存在をほとんどの貴族は知らない。来客の大半が平民、といってもカフェでお茶ができるような余裕のある者に限られるため常に客数は少なく、父や私のような少数の貴族の穴場にもなっている。


「本当に素敵なカフェですね!パイは絶品ですし。誰にも教えたくないです。フェイブル様はお茶だけでよろしいんですか?」

「いつも食べているから大丈夫よ、ありがとう。私も大好きな場所なの、だから一人になりたい時や親しいご友人と一緒の時にいらしてね?」


そう答えはしたが食欲が落ちているのは自覚していた。体力を落とす訳にも家族を心配させる訳にもいかないため、夕食だけはどうにか口にできている状況だ。


「そうします。ここだと周りが気にならずお茶ができますもの。……これからは注目されることも増えそうですし」

「今回の件、ウラネス家に非はないのだから堂々としていたらよいとは思うけれど、人の目はどうしようもないものね……ここで気分転換出来そうなら良かったわ」

「クルライ様は優しくていらっしゃったんです。でもそれも表面だけだったんですよね……デビュタント前にそのような男性が居ることを知れて良かったです。今度は信頼できる人と縁を結びたいです。貴族社会だと難しいところもあるでしょうけど」

「……貴方は望む人と結ばれて欲しいわ」

「フェイブル様は……いえ、そうだわ!お時間大丈夫でしたら次のお茶を選びましょう?お友達になれたお祝いに今度のお茶は私がご馳走します」


思いが必要以上に言葉に漏れてしまいユリーカに気を使わせてしまった自分を不甲斐なく思っていると金髪の貴族らしき若い男性が近づいてきた。


「麗しいご令嬢方、楽しい時間をお邪魔してすまないが、是非この子も加えてもらえないだろうか?ね、フェイブルちゃん?」


そう言いながら可愛らしい兎のブローチをコトっとテーブルに置き、最後だけ本来の声の調子に戻し悪戯っ子のような顔を見せた紳士は正しくは令嬢である。

思わず声を漏らして笑ってしまう私の隣で突然のことにユリーカは紳士と兎のブローチを交互にみやり驚きで瞳をまんまるにしている。


「……本当にレイユったら変わりないわね。ユリーカ様、驚かせてごめんなさい。レイユはいつもこうなの。そして男性ではなくレディよ。でも大好きな友達だからユリーカ様も仲良くなってくれたら嬉しいわ」

「ご令嬢ですの……?」

「レイユ驚かせ過ぎよ。いつもの話し方にしてちょうだい。とはいってもいつもの話し方は話し方で……ユリーカ様、砕けた口調をお許しいただけるかしら?」

「え、ええ私は構いません」


まだ混乱中のユリーカから一応の許可をとる。今までの付き合いからレイユが伯爵家以上の上位貴族であることは違いないため、とりあえず問題にはならないだろう。


「久しぶり~フェイブルちゃん!隣の方はお友達かしら?初めましてレイユって呼んでね!よろしくね。久しぶりの友達との再会と新しいお友達を歓迎してここは全てレイユさんがご馳走しますよ~お邪魔してよいかしら?」


初対面であろうと歓談中であろうと、何一切構わず話しかけてくる豪胆なレイユに圧倒されていたユリーカもなんとか言葉を返した。


「も、もちろんです。初めましてレイユさんユリーカ・ウラネスです。よろしくお願いします」

「二人とも友達なのにそんな呼び方なの?私堅苦しいの嫌いなの、ユリーカちゃんって呼んでもよいかしら?……愛らしいお嬢様」

「え、ええ構いません……」


声色を変え再度紳士の皮を被ったレイユがウインクしながらそう言うとユリーカは少し照れたようで顔を赤らめ俯いた。


「……じゃあ、私もユリーカちゃんでいいかしら?」

「もちろんです!……フェイブルさん?」

「……まあ、このくらいが無難かしらね」


レイユがいるとあっという間に人との距離が近づく。彼女と初めて出会ったのもこのカフェだ。髪の色や姿は会う度に違うが態度といつも身につけている兎のブローチは初対面から変わらない。本人は情報屋として自分で生計を立てて暮らしていると豪語しているが、私と同じ年頃の女性には難しいことであるのは想像に難くない。

レイユの背景は全く見えないが令嬢として現れた時の所作や教養のある会話などから考えると間違いなく上位貴族といえる。学院で目にしたことはないけれど豊かな領地であれば、領地内の学院が充実していて王都の学院には通わない場合もあるため、私が知らない貴族令嬢であることに驚きはない。

ただ、最近は変装が板につきすぎて庶民の格好をしていた時は全く見抜けず何度も会っている私ですらユリーカと同じ状態に陥った。今は男装の練習中だろうか。


そんなレイユに警戒心が芽生えないのは、教えてはくれないがお父様は確実に彼女の正体を知っていることと、彼女が私から何かを聞き出すことが今まで一度もないからだ。「聞いてよ~」から始まり話したいことを好きなだけ話すと「ただいまの情報は友達料金で無料です!じゃあまたね~」というのがいつもの流れだ。


「でね、フェイブルちゃん!ユリーカちゃん聞いてよ~」


新しい友人と一緒に相槌を打ち、笑い合いながらレイユの話に耳を傾けるのはとても良い気分転換だった。

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