閑話 この世で一番大切な人
ニナの声がする。
「ジーク!」
なんだか眠い。
「じーっく!!」
僕はその声にハッとして目を開ける。
目の前には目を赤く腫らしたニナが居た。
「よかった!!!!」
そう言ってニナが僕に抱き着く。ポロもぺろぺろと僕の顔を舐める。なぜかいきなりモテモテの僕。
頭がボーとしていた。とりあえず、僕に抱き着いて泣いているニナの頭を撫でる。どうしてそんなに泣いているんだい。まるで絹のようにサラサラとした彼女の髪を撫でながら、僕はそんなことを考える。
ふと顔を上げ部屋を見回すと、青年と目が合った。どこかで見たことのある青年だった。
僕は若干の気まずさで苦笑いしながら、頬をかく。
*
その日は出発の前夜だった。私は突然、よくわからない衝撃で目を覚ます。寝ぼけていて、よくわからなかったけれど、ジークが何やら不審に窓に立っている人物と話しているようだった。
どうしたのだろう、ぼやける意識と視界の中、瞼を擦る。
そして私はポロにくわえられていることに気がついた。起きた時の衝撃はどうやらそれだったようだ。
「ポロ!ニナを連れて逃げて!!」
ジークがそう叫んだ瞬間にポロは走り出した。ポロは私をくわえたままは宿の裏口から外に出る。外はひどい雨が降っていた。
「ポロ!どうしたの!なにが起こっているの!」
訳が分からなかった。
「待って!ポロ!止まって!」
ポロは私の言葉を聞いてくれることはなく、ついに止まってくれたのはよくわからない小屋の前だった。
ポロが私をそっと下ろし、その小屋に向かって吠えると、中から、一人の男の人が出てきた。彼は不思議な服装をしていて、どこかで見覚えのある人だった。
「??」男の人は不思議な顔をする。私も訳が分からずにその男の人の顔を見る。
「お嬢さんは、確か、数日前……」
瞬間、ボウと大きな音がして、遠くの方で上空に火の玉が浮かぶ。
「ジ、ジークだわ!」
私は咄嗟にそう思った。
空を飛べる魔法使いなんてジークとシュルク以外に知らなかった。
青年もそれを不思議そうに見ると次に私の方に視線を移す。私も彼を見ると、彼は少し難しい顔をしながら私をじっと見ていた。
「白い髪の少女、と白狼のような犬、と少年。……まさか!!」
何か合点が入ったかのように、そう呟きながら、急いで小屋の中に戻ると、不思議な形の剣を腰に差して帰ってくる。
「お嬢さん、いけない。もし俺の予想が正しければお連れさんの命が危ない。付いて来な。」
青年はそうして走り始めた。私もそれに必死についていく。
雨が強く降っていた。
広場に付いた時、あたりはシンとしていて、ザーッと雨の降る音だけがそこを支配していた。そして、広場の中央らへんに、ジークがそこに横たわっていた。
「ジーク!」
私は転びそうになりながらも、彼に駆け寄る。息はあるようだけれども、全身が傷だらけで、ひどく弱っているようだった。きっとすぐに手当てをしなければならない。
青年は少し何かを探すそぶりをした後に、こちらに駆けてくる。
「これはいけない。ひどい怪我だ。すぐに処置してくれるところに連れていかないと。よっこらせ。」
青年はジークをゆっくり抱きかかえると、走り始める。青年はジークを抱きかかえているにもかかわらず、走るのがとても速かった。
ジークを連れて行った先は、大きな建物だった。立派というよりは、とても威圧感があり、大きな旗が建物の上の方に掛かっていた。青年が、それまた大きな門のそばに立っている甲冑を着た人に何か話すと、門を開いてくれた。
私は状況が飲み込めずにいたが、青年はズンズンと建物の奥へと進んでいく。
その建物は無骨な作りで装飾がなく、必要最低限の機能があればいいというような感じだった。建物全体は少し汗のようなモアッとする匂いが漂っていた。
青年はその中の小さな部屋の一つに私たちを案内すると、清潔そうなベッドにジークを寝かせて、すぐに部屋から出て行ってしまった。
ポロがクーンと寂しそうに鳴く。
「ポロ、きっと大丈夫よ。約束したもの。」
私とポロはジークに寄り添っていたけれど、ジークの傷からは、血が出続けていた。白いベッドのシーツが赤く滲んでいく。
青年が帰って来ないことに私は不安になり、ふらふらと立ち上がり、部屋のドアを上げて、廊下をキョロキョロと見る。すると、廊下の奥から青年が何人かの人を連れて駆けてくるのが見えた。
青年とその人たちはジークの傷の手当てが一旦落ち着いたあと私の方を見た。
「とりあえずはひと段落だ。申し訳ないが、俺たちはそれほど知識があるわけじゃないので、応急的になってしまった。正直、どうなるかは保証できない。ただ、できる限りのことはやらせてもらった。
俺にはすぐにやらなければならないことがあるから、事情は後ほど話させてほしい。
すまないが、よろしく頼む。」
青年はそう入って頭を下げると、また駆け足で部屋を出て行ってしまった。
私は苦しそうに息をするジークの手を握ることくらいしかできることがなかった。
それからもジークは目覚めなかった。これほどまでに不安な日々を過ごしたのはいつぶりだろうか、と思うほど、辛い日々だった。私にとって、今一番大切なのはジークとポロだったから、それを失ってしまうかも知れないと考えるだけで、心が壊れてしまいそうだった。
そして三日目の朝、丁度青年が戻ってきて、ジークの様子を見にきた時、ジークは目覚めた。
「ジーク!」
私が声にならない声を上げて、彼に抱きつくと、ジークはぱちぱちを驚いたように目を見開いて、困ったような顔をする。
それまでの不安を振り払うかのように、ジークが生きていることを噛み締めるかのようにぎゅっと彼に抱きつく。それは私がこの世で一番安心できるジークの暖かさだった。
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