60 夜の訪問者
それは出発の前夜、雨の降る夜だった。
僕は夜中に、ポロが吠える声で飛び起きた。咄嗟に薄い氷の障壁を囲むように作る。
僕たちが寝ている時に侵入者があれば、耳が良いポロが起こす、それが僕たちの旅の決め事の一つだった。今までそれで何度危険を防ぐことができたか数えることができないほどだった。
本当にこの度はポロがいなくては成り立たない。
「ありがとう、ポロ」僕はモフモフと、真っ白い毛を撫でながら窓の方を睨む。
「えらく手馴れてるなぁ。それにすごい魔力。お兄さんたちなに者?」
窓から月明かりに照らされて現れたのは、15も行かないような少年だった。釣り竿ほどの長い刀を持っており、服や顔には血が飛び散っていた。
「まあ、いいや。お兄さんたち、親父について嗅いで回ってるらしいね。なんで?」
そう言って少年はニコッと笑う。
僕は何を言っているかわからず、返答に困った。
「だんまりか。まあいいや。今回のお仕事はもう終わったから、ついでだよ。怪しきは殺せってね。」
少年は、不気味に笑いながら、スーッと刀を氷に差し込む。刀は、まるで豆腐を切るかのようにツーと氷を切っていく。
ありえない。
「ポロ!ニナを連れて逃げて!!」
僕が叫ぶと、ポロは軽く吠え、この騒動でも全く起きるそぶりのなかったニナをくわえる。ニナが寝ぼけてむにゃむにゃ言ってるのを気にせず、ポロは僕の背中側のドアから出て行った。
「あーあ、追いかけなきゃ。まずはサクッと死んでよ、お兄さん。」
彼は窓から飛び、僕に向かって刀を振り下ろす。僕はそれを阻害するために、できる限り多く硬い氷を彼に放つ。
少年はそれを造作もなく、切り裂くと、あっという間にがんぜんにまで迫ってきた。氷をいとも簡単に斬るなんてそうできることではない。ガローでもきっとできない。僕は内心焦りを隠せなかった。
相当強い。
火の魔法を使い、バク宙をしながら後ろに下がり、何とか刀を避ける。
勝てるかわからない。まず、場所が悪い。周りへの被害を考えると、満足に魔法も距離も詰めれない。僕は魔法を主体とした遠距離戦闘を得意とする一方、相手は完全に近接特化型だろう。
一瞬逃げることも考えたが、僕がここで逃げてしまってはニナが狙われてしまうかもしれない。
次の攻撃動作に移ろうとしている少年をダメ元で静止する。
「ま、まて!」
少年は不思議そうな顔をして僕の顔を見る。
「こ、ここじゃ、宿が壊れて、宿の人に迷惑が掛かる。だ、だから、もっと、何もないところに行こう」
少年は、しばらくポカンとした顔をしていた。
この部屋を静寂が支配する。僕は緊張で冷たい汗が額を流れた。少年は少しすると、手で口元を抑えてクククと小さく笑う。
「ククク、ハハハハハハハ!!!!お兄さん、面白いね。この状況なら普通は事情を聴いてくれとか、命乞いとかでしょ?
それなのに第一声がそれ?赤の他人への迷惑?しかもただの建物の心配?
ハハハハハハハハ!面白いね、お兄さん!!!」
そう言って少年は少し考える。
「……いいよ、久々に笑ったもんね。アニキに気がつかれたら厄介だから、あんまり長くお兄さんと構っていられないと思うけど、そうだね、ついてきて。」
そう言って少年は僕を素通りして、部屋のドアの方に向かっていく。僕はどうにかしてこの少年を無力化する方法を考えながら少年に付いていく。
雨が降る中、少年は無言で歩く。
しばらく歩くと、町の片隅、広場のようなところに出る。確かに周りに家などはなく、ここならば、被害は出ないだろう。
「君は」僕が少年について尋ねようとすると、少年は手でそれを制止する。
「お兄さん、ごめんだけど、もう僕、お兄さんがオヤジを探っている理由とかなんでもいいんだ。それにそれを聞いて正当な理由があったらお兄さんを殺せなくなっちゃうかもでしょ。だから、もう質問は無しね。」
そう言って少年はニコッと無邪気に笑う。
「お兄さんから来てよ。」
そう言って少年は両手を広げる。
僕は焦っていたせいで宿から剣を持ってくることを忘れていたのに気が付く。こういう場面で冷静でいられない自分が情けなかった。
とにかく、この少年を無力化しなければならない。
ここに来るまでに何とかあたまでシュミレーションしていた方法を試すしかなかった。
僕はゆっくりと屈みこみ、地面に手をつく。




