48 sideB 少年と老婆
次の朝、婆さんが飯を作ってくれていた。
「そういや、婆さんはどうしてここで案内なんてやってるんだ?」
俺は、久々の温かい朝飯を食べながらそう聞くと、婆さんは懐かしそうな顔をしながら話してくれた。
「そうさね、始めたのは実はここ最近さ。数年前の話になるかね。私が住んでた近所で、ある子が噂になっていたのさ。薄汚くて、気味が悪い子が居るってね。大方、上の世界で親に井戸に捨てられたのが、ここまで来ちまったんじゃないか、って話だったよ。」
俺とミクは飯を食う手を止めずに婆さんの話に耳を傾ける。
「それで、ある日、わたしもその子を見たんだよ。それはそれは、恐ろしい子だった。それでも、何が恐ろしいかは分からなかったがね。それでも、その子はとても痩せこけていて、ふらふらだった。
私は、その子が怖くてたまらなかったのだけれども、同時になんとなく、気の毒に思ってね。直接家に招くことなどはできなかったから、ある日近くの空き地に食べ物を置いとくことにしたんだよ。」
俺は少しだけ昔の記憶が頭を過ぎり、胸がモヤッとした。
「そうしたらね、次の日その食べ物はなくなっている。その次も、その次も、どうやらその子が食べてくれていたらしくてね、それから毎日そこに置くようになったのさ。
けれど、一か月ほどすると、近所の人たちがそれを知って……」
俺は少しだけ自分が苛立つのがわかった。
それからの筋書きは容易に予想が付くからだった。
婆さんの話では、思った通り、近所の人はそのガキがいなくなって欲しいばかりに、婆さんに食事を置くのをやめるよう言った。それは注意するくらいのものだったのかもしれないし、はたまた強硬的なものであったのかもしれない。
結果的に婆さんはやめざるを得なかった。
胸糞悪い話だが、きっとその子は魔の子であったのだろう。魔の子はそういう運命にある。こればっかりは誰が悪いとかいう話じゃない。
「しばらくして、空き地を見たけどね、もうその子はいなくて、きっとどこかで力尽きてしまったんだろうね。私はその時のことが心残りで心残りで仕方なくてね。それからしばらくして、地上からこちらに落ちてきた人たちの案内をしようと思いついたのさ。
せめて、もうあんなことが起こらないように、まるであの子への罪滅ぼしのようにね。
まあ昔の話さ。つまんない話を聞かせてしまったね、すまないね。」
婆さんはどこか遠くを見るような目で、そう謝った。
「いいや、いいんだ。なんつーか、あれだ、そいつは婆さんに救われたと思う。好意でもなくても、そいつはきっと嬉しかったはずだ。
自分のために誰かが何かをしてくれたってだけで死ぬほどな。」
婆さんは悲しそうな顔をしながら、そうだったらいいねえ、と呟いた。
婆さんはお昼にと言って、昼飯までくれたが、それは初めて見る食べ物だった。
「これはなんだ、どう食べるんだ、婆さん」
婆さんはニコニコと目尻を下げながら、俺を見ると、それはね、と言ってそれについて説明してくれた。
それは「おにぎり」というらしく、この都市では割とメジャーな食べ物らしい。なんでも穀物を煮たものを丸めるらしい。そして中には様々な具材を入れるそうだ。俺たちはありがたくその食べ物を受け取る。
「じゃあ、世話になったな。」
婆さんは、いつでもおいで、と言って俺たちに手を振る。
婆さんを背に歩く俺の横で、ミクはずっと手を振っていた。
「生きてるといいな」
婆さんが見えなくなったころ、ミクがそう呟く。あの婆さんの話に出てきたガキのことだろう。
俺はそれに答えることなく、歩いてゆく。
魔の子が何をしたってんだ。
悔しさややるせなさが心にへばりつくようだった。
会場は大きな競技場のようなところだった。
そこにはたくさんの出場者が集まっていた。
「意外」ミクが呟く。
「何が意外なんだよ」
「もっと、荒くれ者が沢山集まっているのかと思った。」
確かに会場を見回すと、ガタイのいい奴や、背が高い奴など、様々であるが、ヤバそうなやつはいない。
「もっと上半身裸のモヒカンがヒャッハーしてるのかと思った。」
「まあ、都市住人が見る大会だしな、変な格好をしてもあれだろ。それにな、本当につええ奴はイキらないんだよ。」
ミクは俺の方をじーとみる。
「何だよ、ぶっ飛ばすぞ。」
「別に」そう言って顔をそむける。
「俺のこれはイキりじゃなくて、生まれつきの口調だ」
「別に」そう言って、ミクは俺とは逆方向に顔を背けたまま、ぷっと噴き出す。
「おい、今笑っただろ」「笑ってない」
「おい、ぜってえ」「笑ってない」
しばらくすると場内にアナウンスが流れた。
「♪~ 場内の皆さん。本日はお集まりいただき本当にありがとうございます。大変長らくお待たせいたしました。出場者は正門より入場ください。繰り返します……」
「じゃあ、行ってくる。ミクは観客席で待ってろ。」
俺がそういって、競技場正門に向かおうとすると、ミクは頭をフルフルと振る。そして、何でもないような顔で、おかしなことを言う。
「ミクも出場申し込んだ。」
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