42 狂気的な正義
これはまずいと思い、逃げるよりも迎え撃つことを考えた。
「ショニーさん、馬車を止めてください!」
そう言いながら、僕は馬車の後方に行きできるだけ魔力を込めて氷の壁を生成する。馬車の後ろ、通った道に、追手の進路を塞ぐように巨大な氷の壁が聳え立つ。その氷は、縦横5mほどの強靭な壁の役割を果たし、矢を防ぎきるには十分だった。
後ろの盗賊団を見ると、どうやら5台ほどの馬車が付いてきていたらしい。
彼らはその氷の壁を迂回するために、少々手間取っているようだった。
馬車がゆっくりと止まる。
僕はまず安全確保のために、ありったけの魔力を込めて出来るだけ厚く固い氷の壁をちょうど馬車を囲うドーム状に生成する。
「あれはここらじゃ悪名高い盗賊団だ。相当質が悪い。」ゴエさんが悔しそうにつぶやく。
僕は痛みで悶え苦しんでいるショニーさんのところに走り寄る。
「ショニーさん、大丈夫ですか!」
「どうやら、深くは刺さっていないようだが、処置が必要だな。」ゴエさんが傷を抑えながらそう言った。
僕は本を取り出し、ショニーさんに触れる。診断の文字に触れショニーさんの怪我を確認する。
『外傷(右大腿)』どうやら、右太ももの怪我だけみたいだ。
外傷についてはガローの時に大体の項目が出たので、一通りの項目は読んでいた。早速処置に取り掛かろうと道具を用意していると、氷がどんどんと音を立てた。
振り返ってみると。盗賊たちが僕らをまだ諦めていないようで、いろいろなものを使って氷を叩いている。このままだと氷が割れてしまうのも時間の問題かもしれない。
ゴエさんが「あの人数はさすがに無理だ。逃げられるかはわからないが、逃げるしかないだろう。」そう提案する。
しかしこの状態のショニーさんを安易に動かすこともできない。
やはり、僕があの追手の人たちを魔法で追い払うしかないと思った。
けど僕が魔法を使うともしかしたらその追手の人たちを殺してしまうかもしれない。あの追手の人たちだって何か事情があって、それに家族がいるかもしれない。それを僕が殺してしまっていいのだろうか。人を殺すということを目前にして、頭の中をいろいろな考えが駆け巡る。
躊躇ってはダメだ。やらなければいけないんだ。自分にそう言い聞かせる。
そのとき、
「私がやる。」そうニナが立ち上がった。
「私があの盗賊みたいなのを追っ払ってくる。」
ゴエさんが止めにかかる。僕も強く反対した。
ニナはそれでも首を横に振る。
「まずゴエじゃ多分あの人数は無理だわ。
それにジークそんな顔でやれるの?」
僕はそんなひどい顔をしているのだろうか。
「どうせ、ジークのことだから、こうなるまで人を自分が殺してしまうかもしれないなんていっっかいも考えたことなかったでしょう。それはそれで、ジークらしいけれど……。」
彼女はそう言って僕の目をまっすぐに見る。
「でもね、人の命を奪ってしまうかもしれないのに、そんな決意も意志も定まらないままで、魔法を使っては、その魔法を教えてくれたガローに顔向けできないと思うの。それに下手をしたら、無意識に手加減をして相手を追い払いきれないようなことになるかもしれない。
私から見ても、たぶん誰から見ても、ジークは一つも覚悟ができていない。」
「だから、ダメ。」そう言ってニナは盗賊のたちの方を向く。
「それでも、ニナがやるくらいなら、僕がやるべきだ!」
僕はそれでも盗賊の方に歩いてゆく彼女を止めようとする。
しかし彼女はこちらを振る向いて言った。
「私はもう覚悟できているの。私の魔法の線ならあの家を出るときにとっくに私の中で引いてあるの。自分が生きるために、何かを犠牲にする、こういう時、ジークの故郷ではこう言うのでしょ?」
そう言って前を向き、彼女は氷の壁に向けて両手を構えて、青い炎を放つ。
「命を『いただきます』ってね!」
炎はまっすぐに進んでゆき、氷の壁を溶かして、開いた一点の穴からドームの外に噴き出す。それはまるで盗賊の一団を焼き払わんとするくらいの凄まじい威力だった。
氷の壁は大方溶けて、ニナと盗賊団が相対する。
戦々恐々とニナを見る盗賊の一団らしきものたちに向けて、ニナが叫ぶ。
「あなたたち、私が相手よ。もし私たちを害するがために、死にたい奴がいたら、かかってきなさい!!!」そう言ってもう一度魔法を構える。
「おい、やべえ。逃げろ!」「おい、撤退だ!」
彼らはそれをみて恐れおののき、逃げ去ってゆく。
そしてその中で一人だけ、顔にやけどを負いつつも逃げられず、戸惑っている者がいた。
その盗賊らしきものは足を怪我しているようでよろよろと立ち上がりながら、震えた手で、ニナに向けてナイフを構えている。
ニナの炎に顔の一部を焼かれ、痛みに涙を流し、それでもニナに相対する。
きっと逃げる集団に揉まれ、足を怪我して逃げられないのだろう。最後の力を振り絞りニナを睨む。
絶望の中でも、それでも、生きることにしがみつくその姿はいつかの自分に重なるようだった。
ニナは真っ白な髪をなびかせながら、ゆっくりと彼のところに歩いてゆき、剣を抜く。
彼はがちがちと歯を鳴らし、震え、涙を流す。
それでも、命乞いの言葉を発することもなく、時折、赤子の喃語のような声を漏らすばかりであった。
「ごめんなさい、辛いよね。」ニナはそう言って剣を構えて、
剣を横一線に振る。
ガキンッと金属と金属がぶつかる音がした。
「何のつもり」
ニナが怒気のこもった、低い声で言う。
「何のつもりかって、聞いているの、ジーク」
僕はとっさに空中を蹴り、火で加速して、ニナとナイフを構える盗賊の間に入ってニナの剣を止めていた。
「ふざけないで、ジーク。何をしているの。そこの盗賊はショニーさんをあんな目に合わせたやつの仲間で、今まさに私を殺そうとしていたの。」
彼女がこれほど、怒っているところは初めて見た。
それでも、
「ダメだ、ニナ。剣を収めてくれ。お願いだ。この人はもうまともに動けない。だから、お願いだ。」
彼女にこんな真似はさせたくない。それに……。
「彼はその火傷で足も怪我しているわ。お仲間さんだって一目散に逃げて言ったわ。どうせ迎えに来ないのだから、助からない。放置しても苦しんで野垂れ死ぬだけ。
それに私は死にたい奴がいたらかかってきなさいと言ったのよ。それでもなお彼は私に敵意を露わにしているの。」
そう冷たい声で僕を見下ろす。
数秒の沈黙があたりに流れる。
彼女はしばらく僕を睨んだ後、僕が譲らないとわかると、はあ、とため息をついて
「とりあえずは、わかった。ジークは早くショニーさんの手当てを。この盗賊は私が監視しておく。何かしでかそうとしたら容赦なく殺すから。」と僕とその後ろの盗賊を睨んで言った。
盗賊らしきものたちに残された彼はナイフを落とし、地面に伏せて泣き始めた。
僕は、頷いて、急いでショニーさんのところまで行き、急いで傷を見た。
ゴエさんもニナの魔法に圧倒されていて呆けていたが、すぐに頭を切り替えたかのように僕の処置を手伝ってくれた。
まずはそれほど出血がないこと、足は脈を触れるし、感覚もあるようだ。
神経や大きい血管が通る場所をその矢が貫いていないことにほっと安堵して、まずミラレスさんから出発の前に作ってもらった薬セットの中から痛み止めを取り出す。
その痛み止めを傷口に振りかけてから矢を抜く。
ショニーさんが痛みに、うめき声を上げる。
「すみません、ショニーさん。いま痛み止めを入れたのですが、まだ痛むかもしれません。もう少し我慢してください。」
僕は綺麗な水を取り出し、傷口を洗って、内部を見る。幸運なことに傷はかなり浅かった。
汚れていそうなところを炙った清潔なナイフで切り取る。その後、出血源となっていそうな血管を何個か縛ると出血は何とか収まった。こういう応急処置を本だけではなくて、ミラレスに習っておいてよかった。読むだけでは実践できなかったかもしれない。
最期にミラレスからもらった菌を殺す薬を傷口に塗っておく。
「ショニーさん、とりあえず出血は収まりました。傷に清潔な布を塩水で濡らして、巻いておきますね。それと、これを飲んでください。」そういって、軟膏に混ぜたものと同じ薬を渡す。
これでとりあえず初期対応は終わりのはずだ。
ふう、と一息つくと、ゴエさんが僕を興味深そうに見つめる。
「お前、そんなことできたんだな。そういうことができるやつは、どこに行っても重宝されるぞ。そんな知識どこで手に入れたんだ?」
僕はこの本が~などと言えるわけもなく、知り合いの人に習ったのですと言っておいた。半分ほんとだ。
その後僕たちはその日少しルートからは外れるが、最寄りの町によって休むことにした。
いち早くショニーさんを町の薬屋に診せるために、僕たちは急ぐ。
僕は、一人地面で伏せて泣いている彼を横目で見ながら、馬車に乗り込むと、後ろ髪を引かれるような気持ちがしながら、町に向かった。
ニナは終始僕と目を合わせようとはしなかった。
彼の必死に生きようともがく姿に善も悪もないと思ってしまった僕は甘すぎたのだろうか、僕は帰りの馬車で答えの出ない葛藤をしていた。
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