27 白の意志
ガローが死んだ。
それは突然の出来事だった。
とても悲しくて、受け入れられないくらいの絶望で、どうすればいいかもわからなかった。心の中の大切なものがすっぽり抜け落ちてしまった感じがする。
こういう時、普通の人はどうやってこの悲しみを乗り越えているのだろう。
きっと普通に生きていれば大切な人を失わずにいられる人なんて、この世界、いや、どこの世界でも一人だっていやしない。
世界中の人が皆この悲しみを乗り越えたのかと思うと信じられなかった。
後悔が僕の心を蝕む。
みんなを救うと言って、大口を叩いておいて、一番大切な人でさえ、目の前で救うこともできず、失った。
いつものように朝起きて、おはようと言い、一緒に訓練をして、あれこれ言いながら料理を三人で作って、ニナの今日あった出来事を聞きながら三人で笑って鍋を囲む。
夜が更けるまでガローの昔話を聞くんだけど、ニナは途中で寝てしまって、ガローは困ったように笑って彼女を抱きかかえ、布団に寝かせる。僕はそれがおかしくて笑うと、彼も微笑んで、もう寝ようか、といって布団に入る。
当たり前で、温かい、つい昨日までの日常がとても遠く感じられた。
そんな幸せな日々はもう二度とやってこない。
その現実を、受け入れることが出来そうにもなかった。
僕は次に何をすればいいのかさえ分からなくなってしまった。幸せは得られないよりも失ってしまう方がずっと辛かった。
そんなことならいっそ、幸せなんて……。
ふと、誰かが僕の肩を叩く。
振り返ってみればそこにはミラレスが、立っていた。
「ジーク君、これ」
そう言って彼女が渡してくれたのは、真っ白なローブだった。
「ポルトさんが最期に言っていた、あなたへの贈り物です。本当は試練の後に渡すつもりだったのですよね。壊れてしまった家から勝手に探して持ってきてしまいました。すみません。
でも、本当に無事でよかった。傷一つついていませんでしたよ。」
そう言って彼女は微笑んだ。
「ポルトさん、私の店でそれを注文した時、とても嬉しそうでした。それでいつも自慢していたんですよ。
ジーク君の一番の才能はその膨大な魔力でも、卓越した頭の良さでもない。それは、ジーク君の優しくあろうとする意志だって。
だから、あやつの強い意志は、いつか世界を変えるかもしれない、その時は自分が世界を変えた勇者の師匠だと自慢するぞってとても浮かれていたんですよ。」
僕はミラレスから受け取った白いローブを見る。それは絹のように美しく、汚れ一つない、純白であった。
「それは特別なローブです。古代の遺産の一つで、白くても、決して汚れません。手に入れるのもとっても大変でした。
一般に、魔法使いのローブは紫や黒が多いのです。それは神話に出てくる始祖の魔法使い五人のうち、最後まで生き残ったのが、紫の魔法使いと、黒の魔法使いだったからです。
ジーク君も知っていると思いますが、神話において白の魔法使い、世間で言う『魔神ロアン』は命を懸けて仲間を救い、最後は死んでしまいます。ですから、縁起が良くないということであまり使われないのです。
それでもですね、実は、あまり神話では語られないことが多いのですが、始祖の五人のうち、一番強かったのは白の魔法使いであったという文献もあります。
きっと、魔神が自分のために魔法を使っていれば、神話も違う結末に程にです。
正直、私は何を思って、ポルトさんがその白いローブをあなたに送ったのかはわかりません。けれど、そのローブの色に、ポルトさんの思いが込められていることだけは確かです。」
そう言って微笑むと、彼女はテントの方に戻っていった。
僕はその新雪のように白く輝くローブを見つめる。
ふと横に置いてある本が目に入った。表紙を開くと、いつもの前書きがある。
『この本には私が知りうる、私たちのすべてをできる限りもれなく記述したつもりである。それは私たちのようなものを救い助けるためだけではなく、どう生きるかをこの本を読むあなたに託すためである。どうか争いのない、私たちやそうでない人たちが幸せに暮らせる世界を作りだす勇者となって欲しい。あなたのできることはあなたしかわからない。―――ロアン』
前にガローが僕に教えてくれた言葉。
己の為せることは己しかわからぬ。
僕に今できることは何なのだろうか。
僕は今、こうして絶望に飲み込まれていることが本当に僕の為すべきことなのだろうか。
ガローの最期の言葉を頭の中で反芻する。
「だから、どうか皆が戦わず、笑って暮らせる世界のためにおぬしたちが絶望、憎悪、そし理不尽と戦う勇気ある者、勇者となってくれ。」
僕は絶望も希望も知っている、大切な人から教えてもらったんだ。
僕は決意する。ガローの意志を以て、自らに誓う。
困っている人に手を差し伸べ、みんなが笑顔で生きられるような世界を作る勇気ある者になることを。みんなを救う勇者となることを。
僕のできることは僕しかわからないのだ。




