22 穏やかな春は突然、
僕は訓練や狩りで毎日が充実しており、どんどん月日は過ぎてゆく。
あっという間に夏、秋、冬と季節は巡り、春がやってきた。もう訓練を初めて一年近くが経った。
そして僕がこの世界に来て四度目の春。この世界に来てそんなに経ったのかと自分でも驚く。
この春にガローが僕に試練を渡す。おそらくニナも僕と同じ訓練をこなしているのだから、同じ試練を渡すつもりなのだろう。
試練はちょうど一カ月後となり、僕のニナの訓練も大詰めとなっていた。
魔力制御はというと不安定ながらも制御できるようになっていた。たまにヒントがないか例の本を開いて改めて魔法系臓器の記述を読んだ。
どうもよくわからない用語ばかりであるが、頑張って読んでいく。
『…これら魔法系臓器によって魔法が発現する機序は以下である。空間には光学的に観測することのできない暗黒物質というものが存在している。全宇宙の物質エネルギーのうち、光学的に観測することができるものは4.4%。暗黒エネルギーが71.7%、そして暗黒物質が23.9%を占めるといわれている。通称魔力と言われているものはこの暗黒物質を指しているのだ。魔法とはこの暗黒物質を体内に取り込み、それらの物質を魔臓内で作用させることでエネルギーを発生させて、放出させることであると考えられている。*7 …』
ふむ、難しい。どうやら注釈が付いているようで下にあるその注釈を読む。
『*7詳しくは私の友人が書いた「魔法はいかにして発現するか」を一読いただきたい。私のこの仮説も彼女の理論に基づいている。量子重力理論を踏まえて魔法を考察しており、大変興味深い。』
どうせ注釈を呼んでも意味がなかった。
ともかく、魔法とはエネルギーらしい。エネルギーってよく考えると何だろうかと、考えれば考えるほど訳が分からなくなってきたので、次を読み進めることにした。その後もわかるところだけ読みつまんでいると、面白そうな記述が出てきた。
『…よって、次のことが言える。目の前の分子を変化させずに働きかける場合、魔力消費は少なく済む。分子運動に働きかけるだけでいいからだ。したがって、熱魔法や氷魔法、そして風魔法は消費魔力が少ない。また、地面の形状を変化させたり、水を操ったりする魔法も、それらの分子や原子そのものを変化させないので、消費魔力が少なくて済む。一方で、新たに物質を発生させるものは空気中の分子を一度、素粒子レベルまで分解し、再構成するため、魔力消費がかなり大きくなる。さらに、ほかの手法として、ゼロから物質を発生させようとする方法は、膨大なエネルギーを収束させる必要があり、それはもはや非現実的な魔法の発現方法と言えるだろう。理論的には…』
難しい言葉でつらつらと書かれているが、要は火や氷、風魔法、そして元からあるものを変化させる水魔法や土魔法は消費魔力が少ないということか。
新たに何かを生み出す魔法もあるのか。
これはガローも言ってなかった。できるようになったら教えてあげよう。
そして、最後の方にある記述を見つける。
『…先で述べたように魔法とはエネルギーの形をとって放出される。ゆえに、人を治すなどのおとぎ話によく出てくるような治癒魔法は現時点では不可能である。人の体にエネルギーを放出したところで組織を破壊することが関の山である。そのあとの再構成は人の構成要素の多層性がそれを非常に困難にしていると考えられる。ゆえに人の病やけがを治すためには、現代医学以外に方法はない。ただ魔法を利用した医療として、エネルギーを放出するという性質を利用し、一部の固形がん治療や尿路結石などで…』
どうやら、この世界には治癒魔法はないらしい。
たしかに聞いたこともなかったが、そうだとしたら、僕がいた日本に比べ、医療がかなり遅れているここは相当簡単に人が命を落としてしまう世界なのかもしれない。
もちろん、僕もだ。
それを自覚すると、なんだか、死への恐怖というものがすぐ隣にいるような気がして身震いをした。
なんだか、豆知識的なことが増えた気分で僕は本を閉じた。
結局魔力制御は自分の感覚で身に着けるしかないようだ。
僕の魔法、剣術、狩りの日々は順調に過ぎていき、着々と試練に備えていくのであった。
*
その日いつものようににぎわう町の中で青年と少女が並んで歩いていた。青年はオレンジ色の髪に黒いローブを羽織っており、まるで映画に出てくる魔法使いのような格好である。
少女の赤い髪にはどくろの髪飾りが揺れている。
「おい、ミク、その情報が嘘だったらぶっ殺すからな。」
青年が少女の方を睨む。
少女は気にしない様子で「シュルク、嘘じゃない、あれはたしかに魔の子じゃないと出ない魔法量」と答える。
そっちじゃねぇよ、と青年は少女に怒鳴り返し、「じじいがこの町から森に入っていくのを見たって方だよ」と言う。
「ほんと」
少女が短くそう答えた。
ふん、と言って青年は歩みを早めた。
わざわざあの魔王に頭を下げてまで来てやったんだ。あのじじい、見つけたら、絶対ぶっ殺してやる、そう呟いた。
*
その日も僕は日課のランニングをしていた。
最近日課のランニングは森の端までいく。時間にして片道1時間くらいである。魔法以外の訓練はとても順調で着実に力がついてきている実感があった。
ガロー曰く「何事にも近道はない。天才あろうと、凡人であろうと、劣等であろうと、一歩一歩努力する以外に何かを成し遂げる手段などない。たとえ誰であろうと、それだけは万人に平等なのじゃ。」である。
筋力や体力では勝るものの、センスと才というものの違いのせいか、剣術訓練ではまだニナに及ばないが、彼女も僕と同じく毎日努力しているのだ。
彼女に勝てないからと言っていじけて訓練をしないわけにはいかない。
ちょうど平原の終わり、森の前までくると、家に引き返そうとして家の方から、煙が立っていることに気が付いた。
僕は驚き目を見開く。何があったのだろう、またニナが何かやらかしたのか。急いで家に戻ろうと足を早める。少し急いで家に戻る途中も家の方で落雷が落ちる。
これは何かおかしい、とさすがに心配となった。
最後今までで一番大きい爆発が起こり、騒ぎは収まったようだ。
僕はだんだん家に近づくにつれて砂埃がひどくなっていることに不安を覚えつつも、走り続けた。
その近くに着いた時、僕はその光景に絶句する。
家は壊れ、畑は荒れ果てて、あたり一面は焼け野原でのようになっていた。
そして、その真ん中にクレーターのようにえぐれている底の方でガローが倒れており、ニナがそのガローに泣きついていた。
彼の血の量は、僕から見ても、尋常ではなくて、とめどなく流れていた。
僕は頭が真っ白になりかけるものの、首を振って、彼の元へ急いで駆ける。




