閑話 魔法使いの挨拶
物語の本筋には影響しません。
時系列としては十話、主人公が町のお店を初めて訪ねたときのお話になります。
ある日、いつものように薬を作っていると、ドアベルが響きました。
その瞬間恐怖が私を襲います。これは……。咄嗟に武器を探して、魔法の杖を手に持ちます。
私は、その客にもう閉店であることを伝えると、
「そんなこと言わんでくれ」
とどこかで聞いた間の抜けたような声がしました。
少し警戒を緩めてその客のところに行きます。
「あ~あ~、お久しぶりです。ウルフ・ポルトさん」
私が挨拶すると、彼、ポルトさんは困ったようにポリポリと頬をかき、
「もうただのポルトじゃ。ミラレス、久しぶりじゃの」とおっしゃいました。
そうでした、そういえば彼は数年前に魔王国での地位を捨てたと聞いておりました。しかもあの五神獣士のうちの一つ、ウルフの座までも。
たしか、今の魔王がここから海を渡って北西にある王国を滅ぼすと決めた時、大反対をしてその王国に助太刀をする形で魔王国を離れたと聞いています。私はそれより前に魔王国から発ってしまっていたので、風の噂でお聞きしただけですが。
その時に滅びてしまった国の国王に忘れ形見の姫様を託されたそうで、頑張って育てられているらしく、その姫様はすっかり大きく、そして可愛らしくなっていました。
きっとポルトさんが大切に育てられているのでしょう。彼女は興味深そうに店を見て回っていました。私はそれを見て少しほっこりしつつ、気になることを彼に尋ねます。
「ところでこのお坊ちゃんはどうしたのですか」
すると彼は「大森林の中で拾ったのじゃ」と答えました。
私はそんな馬鹿な、と一瞬彼を疑ってしまいます。
しかし、ポルトさんはそんな嘘をつく人ではないことはわかっています。きっと本当なのでしょう。
それでも信じられません。
あの少年から発されるものは、魔王国にいたときに何度か味わった「魔の子」の魔力に違いありません。魔の子がこの年まで育てられるなんて、いったい誰が。
考えても仕方ありませんね。
「初めまして、ミラレスです。ミラでいいですよ」と挨拶に左手を差し出すと、「初めまして、ジークです」と答えて彼は戸惑った。
なんと、この子はまだ挨拶を知らないようです。
私たちの左手を合わせるようにして行う挨拶には複数の意味合いがあります。
それを理解するには、魔法という点においてこの世には四種類の人間がいることを理解しなければなりません。
まず、一つ目は魔法を使えない人間です。彼らはそうですねおおよそ全人口の半分くらいでしょう。
二つ目は魔法を少しだけ使える人間です。具体的には右手からしか魔法を出すことができず、その規模もかなり小さいです。彼らは片手の魔法使いと呼ばれます。
家事で役に立つ程度で、魔獣などと戦うとなると魔法だけでは困難でしょう。そしてその魔法が使える性質は親から子に引き継がれます。彼らも全人口の半分くらいです。
どうして片手から出ないのかというのはもう解明されています。魔法を使える人たちはそのための内臓を持っているそうなのですが、片手の魔法使いにはそれが右片方しかないそうです。
魔法を使えない人と片手の魔法使いが全人口のほとんどを占めます。
三つ目は、魔法をよく使える人間です。私やポルトさん、おそらくニナさんもここに含まれますね。
私たちがほかの人と違うのは両手から魔法が出ます。私たちのような人間を世間一般では両手の魔法使いと呼びます。
両手の魔法使いの人たちも親から子に引き継がれるものでありますが、人数が少ない上に、多くは諸国の王族や貴族の方々、魔王国の一部の方々くらいにしかいません。魔王国では両手の魔法使いは平民にもいて、魔士の称号を得て、それなりに優遇されることもあります。
片手の魔法使いからは片手の魔法使いしか生まれず、両手の魔法使いからも両手の魔法使いしか生まれないのです。
両手の魔法使いは片手の魔法使いに比べ物にならないほどの魔力を持っています。
つまり、両手の魔法使いは大きな規模で魔法を使えるので戦争に引っ張りだこになります。彼らがひしめき合う戦争はもはや地獄絵図で、争いの後には焼け野原以外何も残りません。
両手の魔法使いは先ほど言った通り、受け継ぐ人が限定されているので、かなり少ないと思います。詳細な人数まではわかりませんけれど。
そして最後、四つ目が魔人と呼ばれる人たちです。彼らを人間と呼んでいいのか疑問を持つほどに彼らは魔力を持っています。特筆すべきは彼らの数の少なさでしょう。
私が知る限り魔人は全世界に11人しかいません。そのうち、7人は魔王国に、そのほか4人は諸国に散らばっています。
理由としては、彼らは、様々な事情から、大人になるまでに死んでしまうことが多いことが挙げられます。
加えて魔人は魔法を使えない夫婦から非常に低い確率でしか生まれません。
ですから、魔人はとても少ないのです。
さてこれらを踏まえると、左手で挨拶をすることにはこれらの意味があります。
まず、魔法を使えない人、片手の魔法使いにとっては左手で挨拶をすれば、挨拶がてら、魔法を使われることがないので安心です。これが一番の理由でしょう。
そしてほかの両手の魔法使いや魔人には、そうではありません。
挨拶の際に魔法を使われないように、手に魔力を張っておくのですが、相手の手と魔力干渉を起こすため、挨拶の際に初めて、相手も両手の魔法使いや魔人であるとわかります。
その動作によって逆に相手が高度な魔法使いとわかり、相手への警戒を高めることもあれば、それを敵意がないと判断する材料とすることもできます。
魔人の子供時代、つまり魔の子は、常に魔力を垂れ流していますのでわかりやすいのですが、
成熟して魔力を制御できるようになった魔人は魔法を使えない人々と全く見分けがつかないので質が悪いのです。
これらの理由で、私たちは、特に魔法を使える者たちは挨拶を重要視します。
ポルトさんはそんなことも教えていないなんて、と私は少し呆れながらもいつか魔人になるかもしれないであろう少年に挨拶を教えます。
「やっぱり」
彼の手のひらからとめどなく流れでる魔力量に驚きつつ私は確信します。
やはり、彼は魔の子のようでした。




