1 異世界冬景色
凍てつく風と寒さの中では自分のぬくもりだけが暖であった。
月明りがあたりの雪原を照らしていた。
しんと静まり返っている雪原でこの世界に自分一人しかいないのではないかと思うほどだった。
凍てつく手足を抱え込み、どうにか寒さをしのぐ。
きっとこれは夢なのだから、寝てしまえばいい。
明日もまた仕事を頑張らなければならないのだから、早く寝なければならない。
「寒い。」
次第に意識が遠のいていく。
どこかでオオカミの遠吠えが聞こえた気がした。
*
嫌な夢を見た。雪原で遭難する夢だ。
今も息苦しい。
まるで胸の上におもりを乗せられているようだ。
体が動かない。
でも仕事があるのだから、起きなければ。
そう思って目を開けると目の前に白いふわふわした物体があった。
「?!」
突然白いものがもそもそ動き、胸の苦しさから解放された。
茫然としてそれを眼で追う。
それは犬のようだった。
周りを見渡してみると全く見たことのない室内である。
昔の藁ぶき屋根の家に似ていて、真ん中に大きな囲炉裏があった。結構広い。
窓から日が差していた。
僕が寝ているとこからちょうど囲炉裏を挟んだ向こう側には先ほどの真っ白い犬と一人の少女がいた。
犬はかなり大きく、真っ白い、ふわりと雲のような毛並みをしていた。
少女は犬に何か言っている。長い真っ白な髪が揺れた。
背丈はかなり小さい。まだ5歳くらいだろうか。
少女がふとこちらを見た。
透き通るような翡翠色の瞳だった。
あどけなさがあるものの美しい顔立ちでまるで雪の精霊のようだ。
少女は僕を見るなり驚いた顔で何か呟き、走って部屋から出て行ってしまった。
服装は貧相だったから、精霊ではないのかもしれないと思った。
何が何だかわからずぽかんとしていると大きな犬が近づいてきた。
やっぱり、でかい。というか、やばい。逃げようにもどうも体がうまく動いてくれない。
犬が目と鼻の先まで来ると、バッと寝ている俺の上にのしかかってくる。重い。
この状況が何なのか、訳が分からなかった。
犬を下ろそうと試行錯誤していると入り口から冷たい風が吹いた。
目をやると額に大きな傷のある大柄の老人が先ほどの少女に連れられてやってきた。
少女は犬を見るなり、此方に駆けてきて犬に何か言い犬を下ろしてくれた。
呼吸が楽になったが、すこし肌寒かった。
老人はしばらく入り口でそれを無表情で見ていたが、此方に近づいてきて何か話しかけてくる。
「&%$#$%&」
何を言っているか全くわからない。
「あ、あの、すみません、何を言っているかわかりません。」
そう答えると老人は首をひねって考え込んでしまった。
老人も犬に負けず劣らず、とても大きい。彼はしばらく考え込んだ後、また外に出て行ってしまった。
とりあえず僕はできることもないので現実逃避がてら少女と犬が部屋で遊んでいるのを眺めながめていた。
徐々に日が傾いてきたころ、老人が戻ってきた。
食材らしきものをもって囲炉裏で何か作っている。
料理が完成したのだろう、囲炉裏から何かをよそって持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます」
それは鍋のようなものだった。中の具材は魚や野菜のようなものが入っていて、恐る恐る口に運ぶ。不思議と違和感がない味付けで、僕は次々とそれを口に運ぶ。
温かさが身に染みた。冷えていた体の芯から温まるようで、まるで数カ月ぶりにご飯を食べたような気分になった。少女と老人も自分で鍋をよそって食べていた。
食事を一通り食べ終わると、一応通じないだろうけれど老人にありがとうとお礼を言った。老人はしばらく不思議そうにこちらを見ていたが、何か理解したのかうなずいて食器を外に持ってでて行った。
老人が出ていくのを見ると、少女が何か話しかけてくる。が、全く何を言っているかわからない。
何を言っているかわからないがとにかくたくさん話しかけてくる。
いままでは空腹で弱っていると思って気を使ってくれていたのだろうか。
近くで見ると目が大きく、まつげが長い。しばらく話していたが返答がないとわかると首をかしげてこちらを不思議そうに見つめていた。
長いまつげを何度かぱちぱちさせると突然立ち上がった。小走りで部屋の隅に駆けてゆき、何かをもって帰ってくる。手に取ってみると僕の衣服と本であった。
自分を見てみるとどうやら彼女と同じような服を着ているようだった。
彼女は満足げにうなずくとまた犬と遊び始めた。
とりあえず彼女が渡してくれた衣服を着る前に、何か手掛かりはないのかと本を開く。
ここはどこなのか。
まだ夢を見ているのだろうか、それともこれは夢ではないのであろうか。
試しにほほをつねっても痛いだけだったので、あきらめて本のページをめくっていった。
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