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第5話:初めての授業

 ラダンと並んでいた時は目立たなかったが彼の身長はそれなりに高い。つくづく綺麗な青年だと思う。見上げ、そういえば昔もこんな感じだったかと思案していると、またしても不機嫌そうに目を細められる。

「どうした」

「い、いえ、何でもないわ……!」

 怖くはない、それは事実だ。しかし楽しげな素振りなど微塵も見えなかったから、どういう気持ちで来てくれたのかは測りかねる。

 年頃の娘と若い男を二人にするわけにいかないということで、いざ講義を始める場にはレビも同席していた。憧れの魔法師を前にした緊張が痛いほど伝わってくるものの。

「レビ・ハルシオンです! 写本師見習いをやってます、よっよろしくお願いします!」

「アーレインだ。よろしく」

 幼い少年相手でもにこりとも応じない。泣きそうな表情を一瞥もせず、彼はちらとシエラのほうを見て無言で問うてくる。

「親戚の子なの。親御さんがもう、その」

「なるほど」

「魔法師様とお話しするの初めてです!」

「レビはラダン様ともあまりお会いしたことがないものね」

 あれから数日を経て、初めての家庭教師としての授業。天気が良いこともあり、テラスに三人、机を囲む。色々と疑問はあるが周りに人がいる状況で訊けるはずもない。椅子に掛けながら開口一番、先に疑問を口にしたのはアーレインの方だった。

「シエラ。お前はどうして魔法を学びたいんだ?」

 飾り気のない言葉に懐かしささえ感じる。相変わらず友好的には見えなかったが、真っ直ぐに名を呼ばれるのは気恥ずかしくもどこか心地がよかった。

「生活に必要とも思えないが」

「ちょっと! いくら魔法師だからって、お嬢様になんて態度ですかッ。お前、って!」

 レビが両手を突いて立ち上がる。臆病なところはあれど、少年は家族の敵に対しては騎士の勇気を持っているのだった。

「い、いいのよレビ。気にしないで」

 宥めはしたものの、確かに客人は気安すぎ……端的に言えば、偉そうだった。シエラもあの旅の経験がなかったなら、言葉通りに受け取り落ち込んでいたかもしれない。

「単なる興味……と言ったら怒るかしら?」

「お嬢様は中等学校も優秀な成績で卒業されたんですからね」

 レビが自分のことのように胸を張る。それに苦笑をしつつ。

「家のことがあるから進学は出来ないけれど。そのぶん本も、こうした機会も与えてもらって。恵まれているわ」

「……そうか。別に怒ることでもない。俺が魔法師を続けている理由も似たようなものだ」

 魔法師は専門を大別され、それぞれ研究なら《白の鷲》、軍用なら《緑の雄牛》、商用なら《紫の蛇》と所属が分かれる。ラダンの門下、すなわち《白の鷲》であれば主な職務は研究になるのだろう。ただしどの部門であれ、魔法が絡む事件に対しては警邏に似た仕事もあると聞く。本当に人間社会で生きているのだという驚きを余所に、自身へと言い聞かせるように呟く。

「理屈が解れば、昨日できなかったことが出来るようになるのは興味深いからな」

 返す言葉を探すうちに、すい、と無感情な瞳が滑る。

「お前は」

「ボクは見張りです。お嬢様に万が一のことがあってはいけませんからね!」

 それは当人の前で言うことだろうか。少年自身よりも正確に意図を把握したのだろうが、魔法師はため息をつくに留める。侮辱と捉えられなかったのは幸いだった……呆れただけかもしれないが。

「こいつも魔法を?」

「こいつとかお前じゃなく、レビ・ハルシオンです! さっき名乗りましたよね?!」

 どうにも初対面から目の敵だ。シエラは頭が痛くなってきた。これでは事情を訊ねるどころではない。

「何でも良い、質問に答えてくれ」

 こめかみを押さえた青年は子供の相手が苦手らしい。それでもまあ辛抱はしている方かもしれない。甲斐あってか、少年は落ち着いたかと思えば次にしょんぼりと肩を落とす。

「……ボクはまるっきり魔法の才能がなくて」

 もじもじと言いにくそうに続ける。

「その、興味はあるし、お嬢様に教えていただいたこともあるんですけど」

「授業でやった実践を少しだけよ。わたしも教えられるほどじゃないもの」

「お嬢様は悪くありません! あの、お恥ずかしい話ですが……ボクは学校に通えなかったので」

 一通りを聞いたアーレインは別段馬鹿にした風もなく頷いたのみ。

「了解した。疑問があればいつでも口を挟むといい」

「え……」

 驚いたのはレビばかりではない。シエラも思わず目を瞪る。随分とまるくなったものだ。悪魔であった時からその不器用な気遣いには気付いていたけれど。しかしどこか固い……彼も緊張、しているのだろうか。

「俺も学校がどういうものかは知らん。特段恥じる必要もないと思うが」

「で、でも、魔法師様になるにはたくさん学校の勉強ができないといけないって……!」

 レビの戸惑いは尤もだ。魔法師として認められるためには、通常の中等教育を経た後に専用の教育機関を修了しなければならない。雑貨程度の魔道具――例えば、数ヶ月消えないランタンだとか、簡単な会話ができる鳥の玩具だとか――であっても、創り、売るには免状が必要とされる。

 入学自体が狭き門であるだけでなく、学費を支払うことのできる家庭環境、それと試験を突破できる才能が揃わねば公認魔法師を名乗ることは出来ない。ましてや彼のような上級魔法師となるには必然それなりに年数がかかるため、アーレインは見た目だけならかなり若い部類になる。

「そういうものなのか?」

「えっ」

「ね、ねえ! ひとまず紙とペンがあれば大丈夫かしら?」

 堪らず誤魔化すように割って入る。背景はわからなくとも、これ以上怪しげな言動を小さな騎士の前で晒すべきではないだろう。インクなどの筆記具を入れて部屋から持ち出してきた木箱を示す。

「充分だ。本ならここに」

 そういえば彼は重たそうな鞄を携えていた。書物を取り出すとレビの興味も自然とそちらに向く。一安心といったところか。

「ありがとう。それじゃあ準備を――痛ッ」

 箱から反射的に手を引っ込める。ガラスのインク壺の縁が欠けていたらしい。と、

「ああ、血が」

 するりと伸びてきた大きな手がシエラの腕を引いた、どころか。

「っ?!」

 信じられない光景だった。……指先、傷口に。彼が口付けている!

 どさっ、と謎の大きな音がしてようやく我に返る。見ればレビが顔を沸騰させたまま目を回して倒れているではないか。

「こいつ、見張りに向いてないだろ」

 魔法師だけが冷静なまま。自分より泣いている人を見ると涙が引っ込むとはよく言うが、倒れまでされてしまうと未だに手を取られていることなど意識の外だ。

「え、え、レビ?!」

 慌てて屈む。隣に膝を突いたアーレインが横たわる体に軽く触れた。

「心配するな、気絶しているだけだ」

 胸を撫で下ろしたところで。

「手を貸せ」

「ええ」

 命じられども一向に彼は動く気配がない。運ぶのではないのかと顔を上げれば、「違う」と、呆れたような嘆息と共に。

「手を……お前の怪我が先だ」

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