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第4話:再会

 縦に走る瞳孔がないだけで随分と異なる印象を受ける、と昔も思っていた。髪はやや伸びているが見間違う筈もない美しい造形。人間に寄せたこの姿と旅をしたのだから、どちらかというと見慣れている……眼前のような驚愕の表情は初めてだが。彼が、息を呑んだのがわかった。

「…………タニア?」

 低く静かな声音。過去には一度しか呼ばなかった名前をあっさりと。返答できずにいると、

「……俺の名はアーレイン。家名はない。『人間だ』」

 名乗りへ、タニアの時代の言葉で短く付け加えられる。うっすらとしか記憶にない言語とはいえ簡単な語句だ。まだ聞き取ることができた、できてしまった。

「にんげん……?」

 掠れた声が漏れる。名前を頓着なく呼んだのも悪魔でなくなったからだというのか。理解できずに見上げると、きゅっと眉根を寄せた表情で応じられる。どう努力しても上機嫌と受け取ることはできなさそうだった。

「まさか、覚えて……」

 恐る恐る頷いてみせると今度こそ彼は呻く。癖のように触れた片耳には、昔と変わらず冷たい銀色をした二枚の羽根の飾り。

「……これほど近くに……」

 呟きには失望が滲む。どうして悪魔の彼が大魔法師の弟子に? 今は人間というのは?

 だが少女にとって、喜ばしい奇跡の前には何もかもが些末事だった。再会を喜んでもらえれば良かったが贅沢は言うまい。同じ時代で縁を結ぶことができるなんて。

 感情は溢れることがあるらしい。涙を流したシエラを見、ラダンが大仰に首を振る。

「おいおい、早速いじめてくれるなよ?」

「俺が何をした。見ていたのならわかるだろう」

「ケッ、冗談の通じねえ奴」

 ギロリと睨めば師が返すのはため息。不貞腐れたようにアーレインは鼻を鳴らし、それきり口をつぐんでしまう。その様子は悪魔だった頃より親しみやすくは感じるものの、表情はまるで冷めきっている。

「愛想は無いが悪気も無いんだ。怖がらせて悪かった。ほら、お前も謝れ」

「ち、違うんですラダン様。少し、塵が入ってしまっただけで」

 目を擦る。意外にも青年はシエラに視線を注いだままだった。冷たく燃える金色を見返す。

「改めて。シエラ・フリンジです。よろしくお願いします、アーレイン」

 花を手にしたまま服の裾を摘まみ、精一杯に淑女の礼を。もう世間知らずで教養のない小娘ではないのだと示す。彼と再会するのならお気に入りのワンピースを着てくるべきだった。身なりに遣うお金も気も持ち合わせていなかった昔に比べたら、少しは女性らしく振る舞えているだろうか。

「……恐ろしくはないのか」

「どうして?」

「いや……」

 目を逸らされる。嬉しい気持ちのままに聞き返し、ばつが悪そうな素振りを見て、先般の言動自体ではなく悪魔であったことを気にしていたのだと悟った。

「あの、ええ……そうね、恐くはないわ」

 まごまごと言い直す。混乱はしているがこの場で色々と詮索できないことだけは確かだ。シエラもまだ記憶の話は誰にもしていない。

「嬢ちゃんがこの無愛想を気にしねえなら良いんだが」

 ラダンも、シエラが前向きであることを察したらしい。微妙な表情で頬を掻きつつ父親へと目配せするに留める。

「認めるのは悔しいが、いわゆる天才ってやつだ。ま、こいつにとっても誰かにモノを教えるのは良い訓練になる。礼儀を知らねえから腹が立つこともあるかもしれんが、どうか大目に見てやってくれよ」



 レビが共に暮らしているのに対し、ローズは通いで手伝いをしてくれている。その日の夕方、シエラは彼女が帰宅するところを捕まえた。

「ローズ、ちょっと教えてほしいことがあるの」

「何でしょう?」

「その、おかしなことを訊くけど……旦那さんとはどうやって恋人になったの?」

 ローズはぽかんと口を開け、数瞬後には鞄を取り落とした。

「どっどうされたんですか? まさか……気になる殿方が?!」

「そ、そういうのじゃないわ!」

 詰め寄る勢いを慌てて制する。

「ただ、どうしても仲良くなりたい人がいるの」

「まあ」

 胸の前で両手を合わせる。きらきらと興奮の眼差しを向けた家政婦は、妹の如く可愛がってきた少女の成長に感動しているに違いなかった。

「一目惚れだなんて!」

「え、あの、そういうわけじゃ――」

「ひょっとして、今日いらした魔法師様ですよね」

 恋い焦がれたのは事実だが、そういった関係になりたいのかどうか、シエラ自身にもよくわからない。ただ今はそれ以前の問題だ。ともかくも彼と話をしたかった。たくさん、昔に足りなかった分まで。

「お帰りになる際に遠目でお見掛けしましたけど、随分とお若い方でいらっしゃるみたいで。公認魔法師様なんです?」

「そうらしいわ。よくわからないけれど……」

 どうやってそんな地位に就いたかは想像もつかないが。そもそも何がどうして『人間』になっているのか?

「茨の道でしょうけど、このローズ、全力で応援いたしますわ」

「え、ええ、ありがとう」

 手を握られ引きつった笑みを返す。魔法師は貴族に準じる身分。常識で考えれば一介の町娘が恋慕するなど荒唐無稽な話だった。相手が彼でなければシエラだって夢にも思わない。それでもローズは嘲笑いも馬鹿にもしなかった。

「お嬢様なら大丈夫ですよ! こんなに素直で、気遣いもできる素敵な女の子なんですから」

 屈託のない笑みに対し、シエラは生まれる前の秘密を話せない罪悪感を僅かに覚えた。

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