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昔話 - 大魔法師の拾い物 後編

 休んで明日にするよう勧めたがアーレインは頷かなかった。試してみろと言った手前、ラダンも強くは引き留めない。庭に出てみるといつの間にか雨は止んでいた。

「いつでもいいぞ」

 頷き、目を閉じると深く静かに一呼吸する。その様は魔法が本来持つ意味――儀式や祈りを捧ぐかのようで、新人によく見られるような力みもない。ラダン自身のために『整えて』ある場だから、集中さえすれば魔法の発動は容易いはずだ。少し離れた場所から感心しつつ見守る。だが。

「……あ?」

 突如として魔素の流れがおかしくなった。在るべき流れを強引に引き込むように、此処彼処で爆ぜるような気配は魔法師でなければ気付けない。大人しそうな見た目に反して暴力的な、それでいて詠唱すらせず。

 ぶわりと。強風に服の裾が巻き上がる。今や荒々しい魔力の流れを纏った青年は、青い光の奔流の中で確りと足を踏み締め立っていた。次々と展開されていく魔方陣は一つや二つではない。

 紋様からしてどれも上級、それを複数――いつの間にか十は超えていた。無謀さに驚きを通り越してぞっとする。ラダンほどの魔法師であれば不可能ではないもののあまりに危険な。個別の魔法でさえ失敗すれば暴発の可能性があるというのに。仮に内に膨大な魔力を宿していれば力ずくで抑えられるかもしれないが、それは人間に為せる技ではない。

「バっ――バカ野郎、死ぬ気か?!」

 流れが大きく乱れる。青年はわずかに驚き戸惑った風だったがそれでも力を込めることを止めようとはしない。虚空を睨みつけた金色の眼差しはラダンを通り越して。

「《空を穿つ久遠の槍よ、地を切り裂く金剛の槌よ――》」

 無詠唱では御しきれないと判断したのだろう、呪文を声に乗せる。聞き慣れない文言に一瞬だけ判断が遅れた。導かれるように、暗い空からは獣の唸りに似た不穏な響き。

「オイオイオイ冗談だろ……!」

 それは摂理をねじ曲げる文言。限界まで見守ろうと我慢していたラダンも慌てて魔力を練り上げた。大量の雷を発生させる上級――どころではなく禁術に近しい、更に言えば古典でしか見ないような法だ。一般人が扱える魔法の範疇など完全に逸脱している。こんな場所で『天災』を引き起こされては堪らない。

「あんなもんどこで――くそったれが!」

「《喰らい尽くせ》!」

 轟音と共に真っ白に塗り潰される景色。すんでのところで青年と自分の身、それから家に防壁を展開したラダンの選択は正しかった。


 爆風が落ち着いてなお地面のあちこちから煙が上がっている。汗を拭う。普段から強化魔法を使用していて良かったと肝が冷えた。魔力の暴発はこういう事故があるから恐ろしいのだ。いや、今回の場合は結果的に暴発してくれて良かったと言うべきか。

 衝撃で吹き飛ばされたのだろう、座り込んだ青年は呆然と己の両手を見つめている。状況を飲み込めていない様子で、伴わない実力に賭けたようにもなけなしの才能に溺れた風にもラダンには見えなかった。

 殺意などないことは端からわかっていたが、その姿を確認して一応は安堵する。怪我もないらしい。近付いて屈み込み額を小突いた。

「飛ばしすぎだ、バカ野郎」

 正直に言うと高を括っていたのだ。魔法の経験を積むにはそれなりの年月が必要になる。彼の年齢は見たところ二十代半ば。それに魔法師を養成する学校はラダンが所属する研究所の管理下に在るから、もしこの若さで上級魔法を複数扱えるほどの力があるなら、絶対に噂程度は耳に入っているはず。

 それがこの光景はどうしたことか。せっかく耕した畑の一画がすっかり消し飛んでしまい、ラダンは天を仰ぐしかなかった。上手く発動してくれなくて本当に助かった……急拵えとはいえ大魔法師の防壁と拮抗するほどの魔法が、狂いなく放たれた結果など考えたくもない。

 まあ、過ぎたことは置いておく。土はまた耕せば良いだけだ。

「あんな魔法をどこで学んだ。独学じゃないだろ」

 わずかな恐怖と興奮。そう、問題は眼前の青年。

 返答はない。一層に青白い顔色のまま、恐らく呼吸を整えるので精一杯だろう。早く休ませた方がいいと、『師』と呼ばれる立場として最善を理解はしている。だが。

「わかった、質問を変える」

 仮にも大魔法師の一角を担う身、ラダンには国を守る責務があった。膝を着き、肩を掴む。こればかりは黙秘も言い訳も無用だ。

「答えろアーレイン。お前、何があったかは知らんが――本当ならあれだけの魔法が使えるんだな?」

 確信を持って尋ねると、目を伏せたままようやく微かに頷く。肯定。

「……ハァ、参ったなあ……」

 思わず頭を抱えた。これではかなり話が変わってくる。先の光景を見た後ではとても虚言と思えない。今回は庭だけで済んだが悪用しないとも限らないのだ、知れ渡れば、当人にその気があろうとなかろうと国家に対する脅威と認識されるに違いなかった。良くて国外追放か。役人達は融通が利かないから、得体の知れない相手に対する人道的な扱いはあまり望めないだろう。

「さっきは朝になったら帰れつったけど、撤回する」

 何度目かのため息。きっとこれから何度も吐く羽目になる。

「面倒を見てやる。お前は此処に居ろ、坊主」

 それに、生きるための何もかもを持たないと青年は言った。ここで見捨てて世界に放り出すのは、自他共に認めるお節介の大魔法師には難しいことだった。


 只でさえ衰弱していた体にあの莫大な魔力で、当然ながらアーレインは数日寝込んだ。自分の目の届くところに置くと決めたラダンは、その間に正式な手続きを進め彼を魔法師として登録した……普段の書類仕事では有り得ない素早さで。身許がわからないことで不都合はあったが、そこは大魔法師の権力と口添えでどうにかした。

 本人からは別段の文句もない。興味がないのだろう。ラダンの心配は徒労に終わり、無闇やたらに外で力をひけらかすようなこともない。あの一件で少しは懲りたのか、魔法の威力を徐々に調整できるようになったのも喜ばしい成長だ。

 青年は珍しくも謂わば感覚型で、理屈を解するより先に実践できることが多かった。また奇妙なことに、古の火魔法を扱って見せたかと思えば、ごく初歩的な光魔法の呪文すら知らなかった。得手不得手があるにせよ偏り過ぎている。一つの属性が他の属性に影響を与えることもあるため、体系的な習得は不可欠だというのに。

 ラダンが付ききりともいかず、かといってこのまま誰とも関わらず書庫に籠りきりというのも、せっかく手を焼きつつも引き取った意味がない。そうして頭を悩ませていたところに舞い込んだのが、旧友の娘が魔法を学びたがっているという相談だったのだ。

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