第11話:奇妙な客人
間近で見る魔法師の外套にレビはすっかり夢中だった。生地に織り込まれた模様や煌めく銀糸により施された刺繍、魔法かのように光によって移り変わる色は本当に美しい。紅茶を口に運びつつも、アーレインはレビの様子を観察している。喜怒哀楽の何一つ浮かばない表情からその内心は読めないが。
「写本師」
低い声にはっと顔を上げ、怒らせたかと少年はあたふた居住いを正す。続けられたのは意外な言葉。
「口述の書き取りは出来るか」
「えっ」
面食らったのは当人だけではない。シエラも意図が理解できずに魔法師を見た。
「そ……それはもちろん、写本師の務めの一つですし」
「会議の内容をジジイに報告しなければならないが、わざわざ顔を合わせるのも面倒だ。俺が話すことをまとめてくれないか」
「ま、魔法師様への報告書ですかっ?」
前のめりで立ち上がる。己の興奮に気恥ずかしさを覚えてか、少年はこほんと咳払いしながら再度着席し取り繕うように。
「しっ仕方がないですね! 良いですよ、やってあげます」
耳や頬を紅潮させ、口許には隠しきれない笑みが浮かぶ。
シエラはアーレインがレビのことをずっと見ていたのを思い起こし納得した。やはり彼は面倒見が良い。少し苦しい理由の頼み事、魔法師に憧れる少年にとってはきっと誇らしいに違いない。
いそいそと自前の筆記具を準備するレビから目を離すことなく。
「待たせる。悪いな」
「気にしないで、おもしろそうだもの」
魔法の勉強も好きだが、彼の魔法師としての話も同じくらい興味深い。
「でもそんな大事なお話をわたし達にしても大丈夫?」
「どうせ俺に聞かれてもいい程度、構うものか」
確かに彼は魔法師達の間では新参だろう。ましてや大魔法師のお気に入りで当人の才能もあれば、やっかみも皆無ではないはず。愚痴を言う性分ではないと知っていても、うまくやっているのかと余計な心配をする気持ちが沸いてくる。
「新入りの若造が信用されているはずはない。というか、そうでなければ組織として不安を覚えるくらいだ」
嫌味もなく言うものだから尚のこと考えがわからない。不安になる必要も権利もないのは理解しているが。
「心配するな、さすがに弁えている」
シエラの表情をどう受け取ったか、ちらと一瞥を寄越し言う。用意が出来たとレビが声を上げたから、彼は再びそちらへと視線を戻した。
彼の言う通り、淀みなく並べ立てられたのは、巷で聞くより少し詳しい程度の各地方の状況報告らしかった。それにしても、異なる地方の何ら法則性もない話題が頭に全て入っていることに感服する。ラダンが代理に立てたのも納得せざるを得ない。
やがて出来上がった羊皮紙数枚分の束を捲り。
「……充分だ。よく書けている」
にこやかさは皆無だが実を重んじていることが伝わるからこそ。滅多にない賛辞に対し、俯きつつも礼を述べるレビの姿は微笑ましい。きっと今日の夕飯の席で、シエラの両親やローズへ話して聞かせるのだろう。
アーレインが帰って後、夕方の営業のためシエラはまた手伝いに食堂へと戻っていた。合間を縫いごみ捨てのため外へ出ると、見慣れない男性が窓から店の中の様子を窺っている。
先日の一件もあり怪しげな相手には近付かない方が良いのはわかっていたが、物珍しくてつい。農夫には見えない身綺麗さだ。背格好はシエラと同じくらいだが、かといって学生でもなさそうに見える。髪の色が奇妙だから旅行者かもしれない。灰白色から毛先にいくにつれて若草のような緑色に。なんとなく冬の木々を思わせる。アーレインとはまた違った意味で人目を惹きそうだ。
若い男性一人というだけでもまあまあ珍しい。もし旅行者ならせっかくだし美味しいものを食べていってもらいたい……と、そう思うくらいには両親が作る料理の味には自信があった。
「あの」
緊張しながら声をかけると、素直にこちらを見た瞳は瑞々しい碧色。けぶるような睫毛まで見事に白い。あまりにきれいなものだから一瞬シエラは言葉を忘れた。
「あ……お席、空いているので。良かったらどうぞ?」
「……」
少年と青年の中間のような顔が目の前いっぱいを占めている。ずいっと男性が顔を近付けてきたのだ。不躾を咎めるより先に、やはり瞳の美しさに目を奪われてしまう。
「えっ、と……どうかしましたか?」
「へえ……なるほど! やっぱり君がそうなのかぁ」
にこりと笑った顔もお伽噺の王子様のようにきれいだ。しかし心底の友愛ではなさそうだった。瞳の奥の冷たい光、どこか既視感を覚える。
「やっと見つけた」
軽く開けた襟元から首輪のようなものが見えた。獰猛な犬に着けるような厳つさで、彼自身の雰囲気にはそぐわない。
「あの……?」
「とっても『いい匂い』がするね。ここ、動物を連れていても大丈夫?」
彼の周りに犬や馬の類いは見られない。返答に悩んでいると続けざまに。
「それと、お酒はあるの?」
「あ……はい、お出しできます!」
「ふふ、それは素晴らしい」
「一杯だけでもぜひ……あら?」
気を取り直し、店の扉を開けて振り返った時には誰もいない。幽霊にしては生気に溢れていたし、悪魔にしてはやけに気安かったし、一体何だったのか。疑問に思えど害意を感じなかったこともあり、その時のシエラはそこまで気に留めなかったのだった。




