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第10話:聖なる外套

 家屋に併設した食堂では酒も提供しているから、近隣住民の集会場としても利用されてそれなりに繁盛はしている。

 シエラも時々は厨房に立ち、日替りと称して好きに料理を提供させてもらっていた。ここ最近凝っているのはミートボールだ。

「特製ミートボールはいかが? おすすめよ!」

「じゃあそいつを頼もうかな」

「まーたシエラちゃんのハマり癖か」

 近所の農夫達がくつくつと笑う。

「次に作るときはもっとおいしいかもしれないもの、挑戦はやめられないわ」

「その割にコロコロとおすすめが変わるよな」

「こっ細かいことはいいじゃない」

 熱しやすいものの、ある程度までで納得すればすぐに次の事物へと興味を持ってしまう。人は飽き性と呼ぶのかもしれないが、それなりに器用な証拠なのだから悪いことばかりでもない、とシエラ自身は思っている。

「あら、よく見たらグラスが空いてるじゃない。おかわりを持ってきましょうか」

「看板娘に勧められちゃあな。もう一杯もらおうか」

「ごゆっくり!」

 とびきりの笑顔を向け、注文を書き留めた羊皮紙の切れ端を両親のところに持ち帰る。壁にかかった時計に目をやると、いつの間にかもう授業の時間だ。

「お父さん、お母さん、時間だから抜けるね!」

 返事も待たずエプロンを畳み駆け出した姿に、両親は顔を見合わせどちらからともなく微笑むのだった。


 慌ただしくしてはいても、髪や服を鏡で確認することは忘れない。油やソースの匂いはどうしようもないが。

 いつものようにレビと共に庭で待っていると、門をくぐり長身の魔法師が姿を見せる。アーレインは珍しくも正装だった。といっても、纏う上着が定められたものであるというだけだが。

 重たげな外套は雪原のような、やや陰りと艶のある白色。魔法師はその所属によって外套の基調となる色が異なり、ラダンの部門《白の鷲》は眼前の通りの白銀だ。見たことはないが、あの大魔法師の日焼けした肌には映えることだろう。アーレインの青鈍の髪にもよく合っている。美しい羽織りを身に着けた師弟の並びを想像するだけで、最高に心強くて格好良い気がした。

「お仕事?」

「ああ」

 任務を終えた足でそのまま来たのだと言う。常日頃から近隣住民には出入りを珍しがられているのだ、この衣装ではさぞ目立ったことだろう。

「わざわざありがとう」

「先約なら当然だ」

 言いながら脱いだ外套を傍らの椅子にかける。

「お昼は食べたかしら?」

「いや」

「じゃあ、少し待っていて」

 言うや否や、シエラは再び食堂の方へと小走りで戻る。

 さて、二人きり残された魔法師と少年は。

「……」

「……」

 然したる話題もなく黙していたのだが。

「……写本師」

「はひっ?!」

「お前は、食事は」

「す、済ませました。お気遣いありがとうございますっ」

 飛び上がったり頭を下げたり。忙しい少年を一瞥し、そうか、とだけ彼は呟く。

 しばらくしてシエラが持ってきたのは仔羊肉のサンドイッチだった。丁度よく焼き上がるところだった分厚い肉のソテーを少し拝借し、レタスやキュウリと共に挟んだだけ。あと隠し味にマスタードも少々。手料理と言うには烏滸がましい気もするが、心を込めて作業した時間は紛れもなく彼のためのものだ。

「これ、好きだったでしょう?」

 アーレインは何も言わない。不審がられるに違いなかったからレビにはお茶を淹れてくれるよう頼み離席させ、じっと皿の上を見つめたままの彼の向かいに座る。

 シエラには、先日からずっと伝えたいことがあったのだ。

「やっとお返しができた気分よ。施そうというのではないから、気を悪くしたのなら謝るわ」

「お返し?」

 ようやく彼は顔を上げた。意味を図りかねた様子でゆっくりと瞬きをする。ひとつ頷きを返して。

「あなたいつも、わたしの好きな食べ物を自分のお皿からくれていたでしょう?」

 昔の旅のことだと彼も察したのだろう。先まで真っ直ぐに見つめてきていた視線が当て所なく彷徨った。

「それは……俺は食事を摂る必要がないのだから、好物ならお前が食べるべきだと」

 悪魔の食事は娯楽だと言っていたのは覚えている。だが自分にも好物があると示してからでは理由にならないこと、本人は気付いていないのかもしれない。

「それでもわたしはあなたのそういう小さな優しさに救われていたの。残して捨ててしまうという選択肢もあったのに」

「……優しさ……」

 青年は呆けたように呟いたきり口をつぐんでしまう。シエラが伝えたかったのは、否定したかったのは、悪魔だった彼が自嘲するように言っていた言葉。

「だからわたし、あなたが奪うことしかしてこなかっただなんて微塵も思っていないわ」


 人数分のお茶を淹れて戻ったレビは、先程からアーレインの横にある衣へとちらちらと視線を遣っていた。シエラですら気付いたくらいだ、当人にしてみればやや疎ましかったのかもしれない。食後の茶器を置いたかと思えば、ぞんざいに掴み差し出す。

「触りたいなら好きにしろ」

「え、良いんですか?!」

「ただの布だ。減るものでもない」

「アーレイン様って、時々とんでもなく怖いもの知らずなこと仰いますよね……」

 レビが顔をひきつらせるのも尤もだった。魔法師にのみ許された衣装には腕の立つ職人――もちろん魔法師だ――により様々な守護が編み込まれていると聞く。触ってすぐに爆発するなんてことはないだろうが、これほど近くで本物を見るのはシエラも初めてだった。動きにくそうな割に祭事用ではないらしい。国の式典においては魔法師達はまた別の衣装を身に着けている。

 レビの手からはみ出した布の端を、アーレインはつまらなさそうに弄んだ。

「風除けにはなるが、こんな大仰な服ではな。走ることも儘ならない」

「多分ですけど、魔法師様ってあまり走り回らないんじゃないですか……?」

 彼も師匠同様の肉体派だと思われてしまった可能性があるが、シエラは特に補足もせず黙っていた。……そういえば。

「今日のお仕事って、また何か事件?」

 言ってから先日の学校での一件はレビに内緒だったと焦ったが、少年は服に夢中で聞いていなかったようで安堵する。魔法師の否定は淡々としていた。

「いや。急遽ジジイの代わりに会議に出させられただけだ」

「ラダン様の代理ですって?」

 思わず大声を出すと一瞬だけ顔をしかめられる。

「黙って座っているだけの退屈な役目だ」

 王都からは転移魔法でこの家の近くまで来たのだとか。周りを驚かせないよう人気のない場所を選んだそうだが、どのみち田舎ではあまり意味もなかったかもしれない。

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