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第9話:悪ガキ

「学校ではね、初等教育でまず読み書きや簡単な計算を習うの。中等教育では語学や少し高度な算術、歴史や天文学なんかをまんべんなく」

「魔法を学んだと言わなかったか」

 道中で何となく話すと存外に疑問を返される。興味を持たれたのが意外ではあったが、好機と思って続ける。

「魔法は本当に基礎の基礎だけ、ね。生まれつきできない人だっているもの」

 法の制限もあり、正直なところ学校を出て以降に魔法を使う場面など一般人にはない。極論、時間をかけて学ぶ必要はないのだ。それでも。

「できるなら勉強はした方がいいと思っているわ。知らなくても生きていけるけど、知っていた方が楽しいこと……って、たくさんあるから」

「……概ね同意する。物事は解らなければ乗り越えることもできない」

 常に思っていることを口にすれば賛同があって。

「お前の場合は、いささか怖いもの知らずが過ぎるとは思うが」

 期待に見上げた途端に無感情な視線と交わる。口ではそう言いつつも毎回のように応じてくれるのは、面倒見がいいのか単に諦めなのか。好きな人のことを知りたいと思うのは罪だろうか? 好意も見えない代わりに嫌悪もなかったから、勝手に前向きな解釈をする。少なくとも、彼には幼い娘の願いを根気よく叶えるだけの心があることを、シエラは生まれる前から知っている。

「この前、体で覚えたと言っていたけど。悪魔というのは魔法を誰かに教えてもらうものなの?」

「懇切丁寧に世話をされることはない。知識や技能が必要なら盗むまでだ。何度も己で試して身に付ける」

「それであれだけの魔法が使えるのね」

「人間とは覚悟が違う。悪魔にあるのは上下関係だけ……例外も、無くはないが。自分を追い落とす術を他者に仕込む馬鹿はいないだろう」

「そう……悪魔って逞しいのね」

「逞しい、か……」

 何の感情か彼はため息をつく。何か言葉を間違えたかと不安になれど、相変わらず拒絶される空気はない。どのみち案内は必要なはずであることだし。

「だとしたらその割に、あなたの教え方はとってもわかりやすいわ」

「ヒトの身は脆い。習得に悪魔と同じ手法は使えないというだけだ」

 応じながら彼が物珍しそうに目線を向けた先、花壇の手入れをしたり農具を運んでいたりする学生の姿がある。課外の委員会活動だろう。何を思ってかアーレインは初めて顔をしかめる。

「揃いの内容を同じ年齢の人間が習うのか。能力は年月に依らんだろうに、変な習慣だな」

「もちろん飛び級する人もいるわ。家庭環境もあるし……年齢は目安というだけよ」

 恵まれた身を自覚する。だがそれ以上に。

「そうだ年齢といえば。あなた、魔法師にしては随分と若いって自覚を持った方がいいわよ」

 首を捻られる。元悪魔に説くのも妙な話だが、少なくとも見た目は両親どころかローズよりも若い。彼らやレビも同じことを思っているはず。

「普通は、わたしくらいの歳で高等教育を受け始めて数年、それから魔法学校にどうにか入学しても、修了できるのは一握りらしいし……そのあと何年か修行して、やっと公認魔法師を名乗ることができるんだから!」

 あくまでも聞いた話でしかない。魔法師になる道はそれだけ選ばれた者にしか開かれていないもの。

「だからあなたってええと、幾つになるのかは判らないけれど……かなり珍しく見られるんじゃないかしら」

 いつの間にやら熱っぽく語ってしまっていた。見下ろす黄金が意外そうに目瞬く。

「お前、魔法師になりたかったのか」

「それは……! あ、いえ、そういうわけじゃ」

 言い募れば両親に申し訳ない。ざわめく気持ちを振り払うように首を振る。

「その……才能があって他の人のために使えるなんて、素敵なお仕事だと思う」

「職務がその人間の全てではあるまい」

「全てではないけれど、そういう見方もあるってことよ」

 青年は怪訝そうにしていだが、やがてわずかに思案する素振りを見せたかと思うと「……ああ、道理で」などと呟いた。

「どうかしたの?」

「いや。……ジジイはそれなりに名を知られているのか?」

「え……それはそうよ。国を代表する大魔法師様だもの」

「そうだ、その反応」

 被せるように見下ろしてくる。怒っているわけではない。見慣れた無表情だ、だが。

「ジジイに連れ回されて他の魔法師に会った時、誰もが奇異の目を向けてきた。俺には人間が常識としている知識が欠けていて、恐らくそれは『魔法師』という立場では有り得ないことなんだろう。悪意は善意よりもわかりやすい」

 その声がいつになく冷ややかなものでシエラは慌てる。

「そ、そんなつもりじゃ」

「お前に言ったとて無駄なことはわかっている」

 静かに、独り言のように。

「馬鹿げた話だ。ただそいつの心根を見れば良いものをな」

 そうして結ばれてしまえば、謝罪もどこか食い違うように思われて。言葉を探すうちにふと彼が足を止めた。

「ここか」

 あっさりと言う。古い小屋は確かに正解の倉庫だが、彼は初めて来たのではなかったか? 疑問を察した声は呆れ混じりでありつつも、煩わしがる響きはない。

「他の場所に比べて魔素がわずかに濃い」

「そんなことも分かるの?」

「魔法を使えるなら少しは感じないのか?」

「うーん……」

 体質としてはそうだが、余程の量でなければきっとシエラにはわからない。魔法を使おうとする時は、魔素が集まってくるのを感じないこともないのだが、かといって目に見えるものでもなし。見回していると、先にぶつかったあの学生の姿が倉庫の窓から見えた。

「あっ、さっきの!」

 服装で判断するしかなかったが、ここの生徒で合っていたらしい。手間が省けた、と駆けようとする腕を掴まれる。驚き振り返ると、珍しく不機嫌を滲ませた表情があった。

「お前が行かなくてもいいだろう」

「だって学生証は大切なものよ。失くして困っているかも」

「それなら俺が安全を確かめてからにしろ」

 言い置いて扉に近づく背に口を尖らせた。

「……わかったわ」

 苛立っている風だったから、大人しく引き下がる。確かに違法行為があると彼は言ったが、心の底では少し大袈裟だと思っていたのだ。地方の学校で、わざわざ公認魔法師が出てくるような事例なんて信じ難い。

 すぐに終わるだろうとぼんやり見守る前で、アーレインは倉庫の扉をなんと、蹴り開けた。

「ちょっ……!」

「魔法師だ。魔道具を全て寄越せ」

 いくらなんでも乱暴が過ぎないか。これではまるでこちらが物盗りかのようだ。咎めようとした矢先、中が異様に慌ただしくなる。

「くそ、見つかった……!」

「ずらかるぞ!」

 物が割れる音、何かをひっくり返しての悲鳴。バタバタと何人かの学生が逃れようと試みる。どうやら本当に良からぬことが行われていたらしい。

 その時、混乱に紛れて爆竹のようなものがばらまかれた。狭い倉庫だ、当然ながらそこらじゅうにぶつかり、予想もできない軌道で跳ね上がる――そのうちの一つが、戸口付近にいたシエラ目掛けて飛んできた。

 咄嗟に腕で防ぐも……何も起きない。破裂音もなかった。恐る恐る目を開けると不思議なことに、先程の爆竹もどきが、大きな水滴に包まれぽわんと宙に浮いているではないか。シエラの目の前のものだけでなく、他のものも全てだ。そして悪態をつく学生達は、粘着性の黒い液体に足を取られている。

 未だ大きな鼓動を感じながらほっと一息ついた時。視界の端、一瞬だけ素早く蠢く影をとらえた気がする。猫よりずっと大きく、人にしては速すぎる。注視しても二度は見えなかったから、光の加減かもしれない。気のせいと思おうとしたのだが……

「足跡……?」

 シエラのすぐ近くの地面に、濡れた獣の足跡があったのだ。あまり体は大きくなさそうだが四つ足の、肉球の跡。何かが……居る?

「やはり所詮はガキの遊びか。嘗められたものだな」

 冷めた声に顔を上げる。騒然とした現場にあっても、アーレインはその場から一歩も動いていないらしかった。魔法を発動した名残でか、周りにうっすらと降る青い魔力光が雪のように美しい。

 背を見つめる前で懐から取り出したロープを投げると、それは生きた蛇かのように学生に巻き付き彼らの身を縛った。

「大人しくすれば多少は甘くしてやったんだが」

 この優秀な魔法師を相手に子供騙しで挑んだ彼らは、運が悪かったのかもしれない。だが、あの水滴が守ってくれなければ怪我は免れなかった。学生でも人を傷付ける術を生み出すことができる事実に衝撃を受けつつも、終わりと言わんばかりに戸口へ向かってきたアーレインに、慌てて訊ねる。

「ねえ、何かさっきそこに……!」

 言いかけ、シエラは再度驚き固まった。足跡が、きれいさっぱり消えている!

「どうかしたか」

「あ……い、いえ、なんでも……」

 もしかすると単なる水滴だったのかもしれない。何も証拠がなくなってしまって、無理矢理にでも見間違いと思うのが平和と判断する。

「いつもこういうお仕事をしているの?」

「要請があればな。立場に応じた義務は果たすべきだろう」

「一人で? もっと危ない場所に行くこともあるんでしょう?」

「あのな……お前はまず自分の心配をしろ」

「だって、」

 あなたが居ると無条件に安心してしまう、とは言えなかった。また用心棒かと眉をひそめられることだろう。

 しかしさすがに今回は首を突っ込みすぎたかもしれない。反省していると、落ち込んでいるのが伝わったのか、どうか。

「他人を庇うほど、器用な性質ではなかったんだがな」

 ぼやくように言い、くしゃりと髪を乱暴に撫でられる。

「好奇心もほどほどにしておけ。少し待っていろ、近くまで送る」

「え、あ、ありがとう……!」

 学生達を自警団に引き渡し、家までの道中を共にしてくれる。渋面を作って曰く、ラダンに小言をもらうだろうからと。そこに特別な意味はないとわかっていても、シエラにとっては嬉しい出来事に違いなかった。

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