9本目
「あー、肩凝った! ……どうも苦手だな、ああいう気の強そうな女性は」
「すごい美人さんでしたね」
「ああ、うん……若林くん。すまんが、お茶のおかわりを」
「淹れ直しますね、所長」
私、若林芽衣は、多々木所長のためにあたらしくお茶を淹れてあげた。
13時に来社されたお客さま、水戸かず子さん。彼女が依頼を終えて帰ると、所長も緊張の糸が解けたようだ。
「あれだな、たぶん」
「えっ、」
「ほら……先週届いたPメールの」
「あー、」と私は言った。「例の、吉田さんからの『指令』で新聞広告を出す羽目になった件ですね」
めんそーれ吉田という女性占い師から送られてきたPメール。その指示に所長はけっして逆らうことができない。
Pメールは未来から送られてきて、将来起こりうる何かしらのイベントを示唆している。だから所長も無視することはできないのだ。
「もっとじゃんじゃん電話がかかってくると思ったら、意外とそうでもなかったですね」
「まあ新聞広告なんて時代遅れだしね。だが、」と所長はお茶に口をつけた。「どうやら本命がやってきたらしい」
「それが、さっきの水戸さんですか」
「たぶんね」
「どんな依頼だったんですか?」
この事務所にはパーティションがないので所長がお客さんと話している声は私にも聞こえてくる。が、耳を傾けているわけではないし、私はその間べつの事務仕事をやっている。そのほうが効率的だしね。
けれど、これでも私は探偵助手である。すべての案件内容を把握しておく必要がある。
「星影アキラ……ね。宝塚の人みたいな名前だな」
所長はやれやれといった感じでまたお茶を飲んだ。
依頼人、水戸かず子。彼女の依頼は「星影アキラ」の素行調査だった。
水戸さんは星影の写真を持っていなかった。なので所長自身がまずホシの顔をしらなくては、いけない。
とはいえ、星影が住んでいるアパートを見張るという行為自体は一緒。
終業時刻の18時になると、愛機デジカメ一眼レフを持って所長は出て行った。ハイツ町屋田204号室に向かって。
翌朝。始業30分前の午前9時半に私が事務所に着くと、所長はすでにひと仕事終えていた。
「ターゲットの写真、うまく撮れました?」
「楽勝」
水戸さんの話では星影はおそらくサラリーマンで、だいたい19時頃には最寄りのS駅に着いて帰宅するだろうとの予想が立っていた。
「昨日は、奴さん、19時半に204号室に帰ってきた。それで昨日は調査終了。で、今朝ボクが6時半からアパート前に張り込んでいると、彼は7時20分に部屋を出た。ごくノーマルなサラリーマンの通勤パターンみたいだね。そのまま彼が会社に着くまで尾行させてもらって、ついでにお写真をパシャリ。会社のなかへは当然入れないから、とりあえずアフターファイヴまでボクは待機中、て感じかな」
「水戸さんへの写真確認は?」
「それも済んだ。画像データを水戸さんにメールで送って、さっき確認してもらった。星影本人にまちがいないってさ」
「さすが所長、仕事が速いですね」
で、ここから先はひたすら地味な作業が待っている。
朝、ターゲットがアパートを出てから会社に着くまでを尾行して見届ける。会社のなかに探偵は入れないので、定時と思われる18時頃まではフリーにする。
夜、18時を目途にふたたび会社まえで張り込み。そこから星影のアフターファイヴてゆうかシックスを追う。ターゲットが帰宅した時点でその日の調査は終了。
これが平日5日間のプラン。土日は9時、13時、17時、21時にアパートの状況(在、不在)を確認する定時チェックプラン。
火曜の夕方からはじまった調査は、とりあえず、つぎの月曜までおこなって水戸さんに報告する取り決めだった。