表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

7本目

 その夜、アタシは新宿にあるメタルバー「ゴッデス」をひさびさに訪れた。飲みたい気分だったのだ。

 メタルバーというのはハードロックバーのメタル版である。店内はメタルの轟音が響きわたり会話もろくに聞こえない。だから人と一緒にくるよりかは、ひとりで飲むほうが適している。

 あと、ナンパしてくる男が少ないという点も気に入っている。一度だけやたらテンションの高い白人男性に声をかけられたが、聞こえづらいふりをしたら余裕でかわすことができた。

 なのに、そこでアタシはとても奇妙で恐ろしい目に遭った。


 この店ではお客のリクエストした曲をかけてくれる。アタシはまだリクエストしたことはないが、ほかの人が選んだメタルナンバーを聴くのもけっこう楽しかった。

 お、この曲はしっているぞ。パンテラの「マウス・フォー・ウォー」だ。ザクザクしたギターの音がとにかく耳に心地いい。

 ドリンクは一律500円でその場で支払いをする。モスコミュールもジントニックも、ぜんぶおなじ味がした。いいのだ、酔っぱらいさえすれば。


 ふと、通りがかった人がアタシに何かを渡してきた。一瞬のことだったので、それが店員さんかほかのお客さんかの区別もできなかった。

 うっかり何かを落としたのかとも思った。とにかく渡されたものを見ると、紙ナプキンにボールペンで文字が書かれていた。


【★ 星影アキラ】


 そう読めた。何これ、新手のナンパ? 宝塚の人みたいな名前ですね。

 めんどくさいなーと思っているうちに、その男は図々しくもアタシのとなりに座ってきた。そしてアタシの肩に手を回した。

 異変に気づいたのはそのときだ。カラダが金縛りにあったかのように動かない。声すら出せない。口は半開き以上には開かず、ひゅーひゅーと息が漏れるだけ。それもこの轟音のなかではかき消されて、周囲に気づいてもらうことは不可能だろう。


 心底、恐ろしかった。突然あらわれたこの男はアタシにどんな術をかけたのか。アタシをどうするつもりなのか……。

『ここは五月蝿うるさい。もっと静かで、二人きりになれる場所へ移動しようか』

 男のささやくような声が聞こえた。轟音が響き渡る店内で、本来なら聞こえるはずがない。アタシの心に直接語りかけているかのようだった。


 そのとき、アタシの目にある物がまった。一瞬の判断でこれに賭けるしかないと思った。

『ん? タバコ……、タバコが吸いたいのかい?』

 アタシが座っているカウンター席に元から置いてあったタバコの箱。先客の忘れ物だとは思うが、そのなかに1本でも残されていることをひたすら願った。


『よし、ボクが吸わせてあげよう』

 そう言って男は箱からタバコを取り出し、アタシの無力な口にねじ込んだ。とりあえず、ここまでは作戦成功だ。

『おや、ライターがないじゃないか。ボクは持っていないよ、喫煙しないからね』


 アタシは眼球に死ぬほど力を入れて、やっと視線を胸元に落とした。変態男よ、どうか気づいて!

 男はいやらしい手つきでアタシの胸をまさぐり、ジャケットの胸ポケットからライター的なそれを取り出した。

『この状況でタバコを所望するなんて、きみは、とてもおもしろいコだ。約束どおり吸わせてあげるよ』


 男はご親切に着火してくれた。まあライターじゃないから、それ、火は出ないけどね。

 かわりにプシュっとガスが出た。それも強烈なやつ。アタシが護身用に持っているオニオンスプレーである。

 至近距離でガスを浴びた男は目を押さえ、ゲホゲホとむせ出した。当然アタシの目からも涙がぼろぼろ。だが、この刺激によって金縛りが解けた。

 店内が異臭騒ぎを起こすまえにアタシはダッシュで逃げた。この店が前払い制であって本当によかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ