6本目
「青山くん、ボクはこれから、吉田さんにお願いして1回だけPメールを飛ばしてもらうつもりでいる。ただし、1回だけだ。それも吉田さんが了承してくれたらの話だよ?」
「このシチュエーションで断れるわけがないじゃろ!」
女占い師めんそーれ吉田がすかさずツッコミを入れる。
ゆっくりとオレは頷いた。そう何度も過去に干渉してはならないことは、名作と呼ばれるSF作品群が警告している。
「過去の、誰に、どんな内容のメールを送るつもりですか」
Pメールという、過去へメールを送ることができるアプリ。それを使えるのは吉田さんだけだ。自然と送信相手はかぎられてくる。
本来であれば、水戸さんが殺害されたという過去そのものを変えてしまいたい。多々木探偵もそれは考えているはず。
果たして彼はどんなプランを持っているのか……。
「送信相手はこのボク。指定する過去はPメールの射程限界である1年前の今日。そしてメールの内容は『新聞広告を出せ』だ」
探偵は自信ありげにそう言った。が、オレにはすぐ飲み込めなかった。
「新聞広告って……オレが見たような見てないような、あの、あいまいな存在の、ですか?」
「そうさ、きみの話を聞いていて思ったんだ。ケチんぼのボクが新聞広告を使って事務所の宣伝をしている、そんな世界線もあるかもしれない……て、誰がケチんぼだよ!」
多々木さんはかなり難易度の高いノリツッコミをしてみせた。
ギャグはスベったが彼の意図が読めた。そうか、そういうことか!
「……なるほど、それこそ幽霊の水戸さんが望んだ世界線だったわけですね」
「そのとおり。彼女がきみだけに見せた幻、それがうちが出した新聞広告の切れ端だったというなら、そいつを現実のものにしてやればいい。彼女の願いは、きっとそれだ」
そしてオレはあらためて、水戸かず子という女性を救うためにPメールを使わせてほしいと、吉田さんに頭を下げてお願いした。
「言っておくが、結果の保証はないんじゃぞ?」
「わかっています」
「おぬしも先に経験したように、時制がどこに跳ぶかも、わからん。特に探偵の希望は射程限界の1年じゃから、振幅も相当なものと覚悟するがよい」
「わかっています」
「……おぬし、その女にホレておるな?」
それがオレの記憶に残っている、事務所で交わした最後の会話だった。
吉田さんが多々木さんの指定した文面でメールを作成し送信ボタンを押す場面をおぼろげに憶えてはいるが、まるで夢のなかの出来事のようにあいまいだ。
そのあと、世界が真っ白になった。何度か経験したあの閃光の比じゃない。視覚が戻るまでにどれほどの時間を要したのかも定かじゃない。