4本目
「もしかして、新聞広告の実物を持ってきた?」
「ええ、そのはずなんですが、おかしいな……」
「ないのかね」
「……はい」
オレはあきらめてバッグを置いた。
「まあ、出してもいない新聞広告が存在するほうが怖いけどね」と探偵。「でも、きみはたしかにここへ電話してきた。じつに奇妙だ」
自分でも、もう何が何だかわからなかった。が、この多々木という探偵は幽霊とかオカルトに寛容なようだし、オレは観念してぜんぶ話すことにした。彼女と出会った昨夜のこと、すべてを。
「なるほどね」
オレが話し終えると探偵は静かに言った。
「じつに奇妙だが、同時にとても興味深い。きみの言うとおり、水戸さんは幽霊となって何かしらのSOSを発していると考えたほうがよさそうだね。そしていまのところ、それは上手く行っているようだ。殺人事件をしるボクのところに、きみはたどり着いたわけだし」
「でも、これからどうすれば……」
「それじゃ、そろそろボクの最終奥義、出すわ」
「もしかして所長……あ、お茶をどうぞ」
若林さんという、この事務所で唯一の女性職員がお茶のおかわりを持ってきてくれた。
おっとりしていて可愛らしいかただ。美人だがツンデレの水戸女史とは大ちがい……女史てゆうか、幽霊だけど。
それにしても若林さん、オレと所長(探偵)さんの荒唐無稽なやり取りを聞いてもまるで動じない。天然なのか、それとも彼女にとっては日常茶飯事なのか。
最終奥義を出すと言って多々木探偵はデスクへ移動した。固定電話をつかってどこかへ連絡するらしい。
以下の会話はあとで探偵から聞いた内容である。
「アロハー」
「もしもし、吉田さん? 多々木ですけど、いま大丈夫かな」
「……なんじゃ、探偵か。どうした」
「じつは、やっかいな案件がきちゃいまして。あなたの力をお借りしたい」
「だが断る。いまワシはヴァカンス中じゃ」
「え、」
「アロハと言ったろう。いまハワイに居る、ワイハーじゃ。あと1週間は帰れん」
「そんな……」
「常夏のビーチで、あられもない姿で寝そべっておる」
「気持ちわるい気持ちわるい」
「し、失敬な! これでもワシは、このなかで50歳は誰でしょうイン20代水着女子に出られるくらい、ナイスバデなんじゃぞ?」
業を煮やした探偵は吉田という女性に今回の幽霊騒動の話をした。すると吉田は、
「……善処しよう」
そう言ってブチッと通話を切った。
戻ってきた探偵が通話した相手についてオレに説明してくれた。
めんそーれ吉田。凶祥寺の母と呼ばれる彼女は占い師である、らしい。
母なのに彼女を凶祥寺で見ることは稀であり、店舗も持たず彼女が占い師としっている者も少ない。多々木さんはその稀なひとりだった。
吉田は年齢不詳だが、50歳を超えていることはたしかだそうだ。
事務所のインターホンが不意に鳴った。さっきオレが鳴らしたのとおなじ音色だったから、すぐにわかった。
はあい、と言って若林さんが応対に出た。なんだオレ以外にお客か? ちょっと勘弁してほしかった。
彼女がドアを開けた瞬間、ぱあっと閃光が迸った。
この光を見るのは2度目だ。あの夜、はじめて水戸さんと会ったときにもこんなことがあった。何だ、いったい何が起きている。
若林さんに案内されて事務所のなかに入ってきたのは背の高いおば……熟女だった。多々木さんがソファから立ち上がって挨拶する。
「紹介します、吉田さん。ボクの友人の青山くんです」
「……あ、青山です」
オレもそれにならって立ち上がった。
「ワシが吉田じゃ。うふ、なかなかいい男じゃの」
超独特な喋りかたをする女性だった。けど、おかしいぞ。さっきの話では吉田さんはハワイにいるはずじゃなかったのか。
「吉田さん、いまからちょっと、この青山くんに経緯を説明するのでお待ちください。お茶でも飲んで」
オレの疑問を見透かしたかのように多々木さんが話しはじめる。