【0】もし6本目が、ちゃうかったら……
「青山くん、ボクはこれから、吉田さんにお願いして1回だけPメールを飛ばしてもらうつもりでいる。ただし、1回だけだ。それも吉田さんが了承してくれたらの話だよ?」
「このシチュエーションで断れるわけがないじゃろ!」
女占い師めんそーれ吉田がすかさずツッコミを入れる。
ゆっくりとオレは頷いた。そう何度も過去に干渉してはならないことは、名作と呼ばれるSF作品群が警告している。
「過去の、誰に、どんな内容のメールを送るつもりですか」
Pメールという、過去へメールを送ることができるアプリ。それを使えるのは吉田さんだけだ。自然と送信相手はかぎられてくる。
本来であれば、水戸さんが殺害されたという過去そのものを変えてしまいたい。多々木探偵もそれは考えているはず。
果たして彼はどんなプランを持っているのか……。
「送信相手はこのボク。指定する過去はPメールの射程限界である1年前の今日。そしてメールの内容は『新聞広告を出せ』だ」
探偵は自信ありげにそう言った。が、オレにはすぐ飲み込めなかった。
「新聞広告って……オレが見たような見てないような、あの、あいまいな存在の、ですか?」
「そうさ、きみの話を聞いていて思ったんだ。ケチんぼのボクが新聞広告を使って事務所の宣伝をしている、そんな世界線もあるかもしれない……て、誰がケチんぼだよ!」
多々木さんはかなり難易度の高いノリツッコミをしてみせた。
ギャグはスベったが彼の意図が読めた。そうか、そういうことか!
「……なるほど、それこそ幽霊の水戸さんが望んだ世界線だったわけですね」
「そのとおり。彼女がきみだけに見せた幻──それがウチの出した新聞広告の切れ端だったというなら、そいつを現実のものにしてやればいい。彼女の願いは、きっとそれだ」
「あのう、所長」いきなり女性職員の若林さんが口を挿んだ。
「どうしたの、若林くん」
「遠いです」
「なぬ?」
キョトンとする探偵に、若林さんは姿勢を正して言った。
「1ヶ月前に殺害された水戸さんを救うために去年の私たちにPメールを送るって……あまりに遠回りしすぎじゃないかと」
「たしかに、そうじゃな」女占い師がけたけたと笑う。
自らのアイデアを全否定された多々木探偵は、ただ口をパクパクさせていた。
「何か考えがあるのかい、芽衣」
吉田さんの問いに若林さんはゆっくりと頷いた。
「青山さんが幽霊の水戸さんと出会ったのは昨晩20時頃ですよね? だったら、その時刻に青山さんに電話すればいいと思います」
「電話するって、誰が?」オレは彼女にたずねた。
「私がします。そういう流れになるように、吉田さん、私にPメールを送ってください。昨日の私あてに」
「昨日の青山くんに電話して、どうするの」完全に蚊帳の外になった探偵が聞いた。
「その場にいる水戸さんと電話を替わってもらいます。そして彼女からメアドを聞き出す。上手くいけば、殺害される前の彼女に直接Pメールで警告することができるじゃないですか」
おお、と事務所内に喚声が上がった。どう考えても、これがベストの方法だった。1年前とか温いこと言っている場合じゃあ、ないんだよ。
それから若林さんと吉田さんのふたりでPメールを作成し、いよいよ送信するのみという段階となった。
「では、これからPメールを送信するが、きっとタイムリープが起きるじゃろう。皆、覚悟はよいな?」
「……ごめんなさい、タイムリープって何ですか」SF素人のオレは聞いた。
「過去の、ある時点に意識が跳ぶことじゃ。今回は我ら4人、それぞれべつの過去を持つことになるから、現在こうして一同に会した状態というのは存在しなくなる」
「失神して、気がついたらべつの場所、みたいなことですか」
「まあ、そうじゃな」女占い師はヒヒと笑い、「1回死んだとも言える。生き返ったとき、前世の記憶を引き継げるかどうかは運次第じゃ」
正直、めっちゃ怖かった。が、もう後戻りはできない。
「行くぞ」
言って吉田さんは送信ボタンを押した。途端、凄まじい閃光がオレらを包んだ。