3本目
「新聞広告、」言って探偵はヘンな間をおいた。「……まあ、いいでしょう。それで今回はどういったご用件で?」
「ある女性について調べてもらいたいんです。と言っても、オレが持っている情報は乏しいんですけど」
「うん、とりあえず聞きましょうか」
オレはミトカズコと名乗ったレオタードを着た宅配業者のことを多々木探偵に話した。パラグライダースとかいう業者名も。だが彼女にまつわる怪奇現象のことはまだ話さなかった。
「レオタードを着てパラグライダーに乗って荷物を配送する業者、それがパラグライダースですね? ミトカズコさんはそこの従業員である、と」
探偵が確認するかのように反復した。オレがしっている情報はこれがすべてで、我ながら恥ずかしかった。
そのタイミングで女性職員の若林さんがお茶を出してくれた。多々木さんは、うん、と小さく呟いてすぐお茶に手を伸ばした。
「ちょっと待ってね」
多々木さんはお茶をテーブルに置くとデスクへ向かい、何やらごそごそとやりはじめた。彼は3枚の写真を手にすぐ戻ってきた。
「この3枚のなかにミトカズコさんは、いる?」
ビビった。彼女はそんなにも有名人だったのか? あるいはミトカズコの名を騙る者が複数名いるのか……。
3枚の写真のなかに、たしかにオレのしっている彼女はいた。オレは彼女の写っている1枚を指さした。
「はあ、こりゃたまげた」言って探偵は口元をおさえた。「……ひさびさにヤバい案件だね、これは」
「どういうことですか」
「青山さん、あなたが選んだのはたしかに水戸かず子さんの写真だ。ほかの2枚は関係ない。ちょっと試させてもらったんだ」
頭が混乱してきた。なぜこの探偵は水戸さんの写真を持っている……。
「水戸さんはね、先月殺されたんだ。現在、殺人事件として警察で捜査中だが、懇意にしている刑事さんからボクのほうにも情報が回ってきてね」
気が遠退いてゆく感覚。だが、心のどこかで覚悟はできていたような気もする。
「彼女はレオタードすがたで殺されていた。殺害後に着せられたというのが警察の見立てだが、もちろんこの情報は公開されていない」
オレは息を飲んだ。つまり、
「つまり青山さん、現時点で、あなたがもっとも容疑者に近い存在ということになる」
「なんだって!」
すると笑いを堪えきれずに多々木さんが吹き出した。
「いや失礼、べつに脅かすつもりはなかったんだ。青山くん、」
「はい?」
「ボクはきみを顧客として扱わない、だが、友人としてきみの相談に乗ろうと思う。これも何かの縁だ。幽霊が取り持った縁、かな」
「……幽霊」
「そう、現時点でふたつの可能性がある。ひとつは、きみが彼女を殺害した犯人であるということ。だがこの可能性は低い。たしかにきみは警察しかしらない情報を持っていたが、じゃあ何故、犯人のきみがわざわざ探偵のボクのところへやってきたのかという疑問が湧く」
「まあ、たしかに」
「もうひとつの可能性、それは、水戸さんという女性が幽霊となってきみを訪ねた。彼女は先月殺されているわけだから、本来なら昨晩きみが会えるわけがないんだよ」
そこで多々木さんはひと呼吸おいて、
「本来なら、ね。でもボクはあえて幽霊説を採りたいと思う。じつはきみが最初に言ったことにも、ボクは引っかかっていたんだ」
「え、」
「うちの事務所の番号をどこでしったのかとボクが聞いたら、きみは、新聞広告でと答えたね?」
「……ええ」
「うちは新聞広告なんて一度も出したことないよ。予算の問題もあるけど、うちのお客は口コミによる紹介がメインなんだ。さすがに飛び込みでくるお客を断ったりはしないが、圧倒的に数は少ない」
なんだって? また頭が混乱してきた。オレはたしかに新聞広告の切れ端を見てここに電話した。現物だってちゃんとバッグに入れて持ってきた。
慌ててバッグのなかを探したが……ない! あの切れ端が消えていた。