26本目
翌朝、木曜日。私がいつもどおり9時半に出勤すると、多々木所長はすでにきて仕事をはじめていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
朝の挨拶をしたあと、いつもどおり彼にお茶を淹れてあげた。そして昨夜の出来事をくわしく話してもらった。
青山の部屋の前で所長が黒と白のエクトプラズムを目撃したこと。そのあと部屋に突入したこと。彼らの会話の内容などを。
話を聞き終えた私は、気になった点を口にした。
「青山さんも心配していたように、悪霊星影がまた他の人間に取り憑かないかどうかが気になりますね」
「まあ、その点も含めて占い師に電話で相談だ」言って所長は湯呑を置いた。「てゆうか、ハワイの吉田さんに電話するのは、はじめてだけどね」
午前10時になると、所長は固定電話から女性占い師めんそーれ吉田に電話をかけた。予想どおりそれは国際電話へとつながった。
ちなみに現地の時刻は15時頃である、昨日の。
「アロハー」
「アロハー、吉田さん。ハワイのビーチはいかがですか」
所長は吉田さんとの会話が私にも聞こえるよう、電話をスピーカーモードに切り換えてくれた。
「……なんじゃ、探偵か。よくワシがワイハーに居るとわかったの」
「じつは、昨日ひさびさにPメールが届きまして」
「ふん、去年のあの事件か」
「お察しのとおりです」
そして所長はPメールの内容から、昨夜私たちが行なったミッション、青山という男性のことまですべてを吉田さんに話した。
「なるほどの」占い師はそこで、ため息を吐いた。「未来のワシがどういう経緯でその指示を出したかはわからんが、かいつまんで言うと、幽霊水戸が悪霊星影に復讐する機会を与えたと、そういうことじゃな?」
「ええ、ボクは青山の部屋の前で見ました。黒と白のエクトプラズム的なものが、ドアをつき抜けて飛び出してくるのを」
「おお、それは本当か」意外にも吉田さんは好反応を示した。
「悪霊星影が滅び水戸さんは成仏した、と考えるのは楽観的すぎでしょうか」
「いいや、それでたぶん、まちがいない」
「本当ですか!」
所長のテンションの上がり方たるや。でも私もそれを聞いてほっとした。
「エクトプラズムというのはの、魂が昇天するときの言わば残像なんじゃ。しかもこいつは家の玄関を律儀に通って行くという習性がある」
「へー、そうなんですね……」
「とりあえず水戸は仇を討ったと、悪霊は消滅したと判断していいじゃろ。なに、もしまたあやしい影が忍び寄ってきたとしても、ワシらには今回の経験がある。ワシの弟子に念写のできる男が居るから、その気になればPメールをつかって弟子を動かし、エクトプラズムを激写するという手も残っている」
「頼りになります、吉田さん」
「……ふむ、これで一件落着かの。水戸の命を救えなかったのは残念じゃが」
それから所長は、遡行してきた青山が語った世界線間の齟齬について、占い師に意見をもとめた。
「青山が元いた世界では、水戸さんは先月殺されているみたいなんです」
「世界線が収束した一例じゃろ。それが、どうした」
「そうなると1年前に香坂宗雄が失踪する機会がなくなり、結果、悪霊星影が青山に取り憑くチャンスがなくなるといいますか……」
「ちがう、ちがう。そうじゃない」
吉田さんはどこかで聞いたようなセリフを返した。
「世界線の移動(=ループ)というのは肉体ではなく記憶の移動なんじゃ。Aの世界でチャンスがなくともBの世界、つまり、こっちの世界でその機会があれば問題ない。……問題ないってゆうか、取り憑かれること自体は問題なんじゃが」
「あ、そういうことなんですね……。あくまで、こっちの世界がベースということか。納得しました」
所長は何度もお礼を言って占い師との通話を終えた。
疑問点や不安要素は払拭され、吉田さんが言ったようにバッドエンドではあったけれど、水戸さんの事件はいちおう解決したと思われた。
しかし、私にはどうしてもわからないことが、ある。幽霊の水戸さんが、どうやって悪霊星影を見つけ出したかという点だ。