24本目
オレがコーヒーを淹れるために湯を沸かしているあいだ、多々木探偵は携帯で誰かに電話していた。
「もしもし、若林くん? ボクだけど」電話の相手は若林さんらしかった。「……ああ、とりあえず上手くいったようだ。事務所の戸締りをして、きみも帰宅してくれ。お疲れさま」
そう言って彼は電話を切った。
「コーヒーどうぞ」
「あ、こりゃどうも」
オレの部屋で、テーブルを隔てて探偵のおっさんと対峙している。かなり異様なシチュエーションだった。
「はじめまして、多々木です」
「あ、青山です」
いまさら自己紹介するのが妙におかしい。オレたちは同時に吹き出した。
「まあ、事情が複雑なだけに、ざっくばらんに行こうじゃないか。ボクはきみのことを何もしらないんだ。きみは?」
「前に一度お会いしました。ここではない世界でですけど」
「なるほどね。じゃあ、お手数だけど、これまでの経緯をぜんぶ話してくれないかな」
「……わかりました」
オレは前の世界線での出来事を彼に話した。
水戸かず子がレオタードすがたでこの部屋を訪れたこと。彼女が残した広告記事の切れ端を見て探偵事務所に連絡したこと。多々木探偵がオレの相談に無料で(ここ大事!)乗ってくれたこと。
そして探偵がめんそーれ吉田という女占い師を呼んでくれたこと。吉田がPメールという不思議な能力で過去を変えてくれると約束したこと。
「Pメールの内容は、新聞広告を出せ、だね?」
「はい」
「そうか」と探偵はコーヒーをひと口すすり、「じゃあ、今度はボクの番だ」
多々木さんは1年前にPメールを受け取ってからのことをオレに話した。
メールの指示どおりに新聞広告を出したこと。広告記事を見た水戸さんが探偵事務所に依頼しにやってきたこと。そして、結果的に彼女が殺されてしまったことを。
「あのう、」オレは聞かずにはいられなかった。「彼女は1年前に殺されたんですか?」
「そうだよ」
「先月じゃなくて」
「先月って……誰かがそう言ったの?」
「ええ、あなた自身が」
「ははあ、」探偵はニヤリとし、「そっちの世界ではそうなっていたんだね。ま、いずれにせよ彼女は死の運命から逃れられないわけだ。世界線の収束ってやつだな」
「……すみません、どうぞ話を続けてください」
「水戸さんの事件が未解決のまま、もう1年が経つ。あれから何の進展もなかったんだが、今日、ひっさびさにボクのところへPメールが届いた」
「どんな内容だったんです?」
「見せてあげるよ、ほら」
言って探偵は自分の携帯をオレに寄越した。
✞
探偵どの
芽衣どの
アロハー。ワシはいまハワイでヴァカンスを満喫しておる。常夏のビーチで、あられもないすがたで寝そべっているところを、おぬしたちの国際電話で叩き起こされたというわけじゃ。
単刀直入に言うぞ? 去年の水戸かず子の事件がまた蒸し返してきた。
5月14日水曜日、20時02分にふたたび世界線が変動する。その結果、ふたつのことが起きる。
ひとつ。おぬしたちが去年、新聞広告を出したという事実が消滅する。芽衣よ、おまえは上記時刻に広告記事が消えるのをその目で確認するんじゃ。
ふたつ。青山という男が同時刻に、この世界に遡行してくる。探偵よ、おまえは彼のアパートで待ち伏せし、その出現を確認するんじゃ。彼の住所と電話番号は最後に書く。
この青山という男じゃが、いまのところ敵か味方かもわからぬ。だが水戸かず子とは深い因縁があるらしい。
いや、彼女のほうが青山に執着していると言うべきかの。わざわざ幽霊となって彼の前にあらわれるくらいじゃから。
幽霊水戸の目的は何なのか。自分を殺した犯人を告発したいのか、それとも自らの手で復讐したいのか。そして、犯人は誰なのか。青山という男なのか。
だが香坂宗雄の件もある。悪霊星影が誰かに、いやぶっちゃけ青山に、取り憑いている可能性は十分考えられる。