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23本目

 以前の宿主だった香坂宗雄の身体を完全に消滅させたボクは、ただのメガネザルとなった。ただの、てゆうのは語弊があるな、無敵のメガネザルだ。人は悪霊とも呼んでいる。

 悪霊にも限界があって、霊体(メガネザル)として存在できるのはこれまた6時間が限度と言われている。それをオーバーすると自然消滅してしまうらしい。もちろん試したことはないけど。

 それよりも、人間に取り憑きたくて仕方ない。はやく悪いことがしたい。これこそが悪霊の性であり矜持なのだろう。


 じつは、つぎの宿主候補は以前から決めていた。香坂とおなじアパートに住んでいる青山という男だ。

 香坂と青山はアパートの廊下ですれちがっても挨拶すらしないような間柄だった。

 が、何度か見かけるうちに青山の行動パターンは大体わかった。とにかく、アパートに入り浸るような友人や恋人がいないことが最重要ポイントである。

 ボクは悪霊としての本領を発揮し、瞬間移動でアパートへと舞い戻った。本当に毎度思うのだが、人間の身体を始末するときがいちばん骨が折れる。

 だからこそ愉快なんだけどね。


 そしてボクは部屋でくつろいでいる青山に取り憑いた。が、そこから先の記憶がない。今日はじめて彼の乗っ取りに成功したようだ。精神と身体をボクが支配する。

 部屋を見回すと間取りが変わっていた。こいつ、引っ越したのか……。

 とりあえず直近の記憶がぜんぜんない。まだ宿主(あおやま)との疎通が上手く行っていないようだ。まあ、また一からはじめるさ。あたらしく買った電化製品をフォーマットするみたいにね。


「見つけたわよ」


 不意に女の声が聞こえた。まさか、この部屋には誰もいなかったはずだぞ? 声は後ろからだった。振り向こうとして、ボクは、急に身体が動かなくなった。

「ぐぎぎ……」

 首だけは先に横を向いていたので自分の肩口が見えた。そして、ボクは身体の自由が利かなくなった理由を理解した。

 メガネザルが首をつかまれている。いや、ほとんど絞め殺されていると言ったほうがいい。つかんでいるのは女の細い手だった。

 バカな! 宿主でもない、ふつうの人間にメガネザルが見えるわけがない。ましてや触れることなど。てゆうか、この女はいつ、どこからあらわれたんだ?

『ぎゃっ』

 首をへし折られたメガネザルが断末魔の叫びを上げた。と同時にボクの身体からもいっさいの力が抜けた。

 仰向けに倒れたボクは、薄れゆく意識のなかで、すごい光景を目にした。

 女が立っていた。レオタードを着た女が……。



 ふと意識を取り戻した。オレは……気絶していたのか。携帯で時刻を確認すると20時10分だった。オレが若林さんの電話を受けてから、まだ数分しか経っていない。

 頭がぼうっとする。若林さんから電話がかかってきて、そのあと、どうなったかが思い出せない。……そうだ、水戸さんは?

「気がついたかしら」

 目の前に彼女の脚があった。

「水戸さん」

 オレはがんばって彼女を見上げた。まだ立てる気がしなかった。

「どうも、ありがとう。なんとか目的を果たせたわ」

 彼女は腰を落とし、オレに目線を合わせてそう言った。レオタードすがたなので、その、何てゆうか……目の遣り場に困る。

「目的?」

「ありがとう」彼女はもう一度言った。「青山くん」


 そして彼女は、消えた。一瞬だけ、無数の光の粒子が飛び散るように、ぱあっと部屋が明るくなった。

 もとの暗い部屋にもどると、そこには彼女が着ていたレオタードが残されていた。

 ああ……なんか不謹慎だけど、無性にそれを手に取ってクンカクンカしたい衝動に駆られる。オレは震える手を伸ばした。


 そのとき部屋のドアが突然開いて、誰かが駆け込んできた。

「なに考えてるんだ、バカ」その人はオレの頭を叩いてそう言った。

 探偵の多々木さんだった。

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