22本目
目が潰れるんじゃないかってくらい世界全体がはげしくフラッシュし、ようやく視覚が正常にもどると、そこは一転して闇の世界だった。
いやちがう、夜だ。そしてここはオレのアパートの前。
ゆっくりと部屋の内側からドアが開き、ぬうっと女が顔を出す。
「部屋に入って、ほら」と促す彼女。水戸さんだった。
てことは、オレは昨日の晩まで戻ったのか? 日付けと時刻を見ようと思って携帯を探したが……ない。
そうか、こっちの世界では携帯もサイフも部屋のなかにあるんだ。まったく、よくできてやがる。
自分の部屋の玄関に入ると、オレは辛抱堪らず水戸さんの腕を握ろうとした。彼女が幽霊なのかどうか、とにかく、しりたかったのだ。
そのとき不意に携帯が鳴った。え? ……何、この展開。彼女はじっとオレの挙動を見守っている。
とりあえずオレはテーブルの上で鳴っている携帯を取って電話に出た。
「もしもし、」
「青山さんですか? 私、多々木探偵事務所の若林と申しますが」
若林さんだった。なぜ彼女がオレに電話を……しかもこのタイミングで?
「あ、この間はどうも……」
この間てゆうか前の世界線での話だけどね。おかしいな、こっちの世界ではまだ若林さんたちに出会っていないはずなんだが。
「それより、いまそこに水戸さんがいませんか」
「いや、あの、その……」オレは痛いくらい挙動った。
「いるんですね?」
なぜか電話の向こうの若林さんはグイグイきた。どうしていま水戸さんがここにいるのが、わかるんだ。
「水戸さんと電話を替わってください」若林さんは強い口調ではっきりと言った。
「はい?」
そりゃ、まあまあ、かまわないですけど……。てゆうか、探偵事務所のアンタらと水戸さんと、どういう関係が?
べつに拒否する理由もないのでオレは若林さんの指示に従うことにした。が、今度は水戸さんの反応が気になるところだ。
ん? いま部屋の隅を小動物的なものが駆けたぞ。
「ひっ、」
オレは思わず声を上げた。小動物的なそれは黒い影となってオレに跳びついてきた。
『いますぐ、電話を切れ』
驚いた。オレの肩に乗った小猿が喋りやがった。メガネザルだ。
オレは……いやボクは、それでようやく気づくことができた。ボクが星影アキラだってことに。携帯の通話を切って、そのままポンとベッドに投げた。
いや、何もかもがなつかしい。醒めたのは、どれくらいぶりだろう。もしかすると、あたらしい宿主になってから初じゃないだろうか。
これだから、なるたけ宿替えはしたくないんだ。宿主との相性みたいなものがあって、それがダメだと、今回のように長く醒めないってことがある。
だが前回ばかりは仕方がなかった。まさか探偵に術が効かずに獲り逃がしてしまうなんてね。
バーで逃がした女と、その女が雇ったであろう探偵。両方始末できれば何の問題もなかった。が、生き延びた探偵はボクが女を爆殺したと、きっと告発するにちがいない。
ボクは迷わず宿替えを決断した。
あの夜、カフェを出たボクは車を盗み山中へと出かけた。途中、忘れずにスコップも買った。香坂宗雄の身体を支配していられるのは6時間が限界だから、そうゆっくりもしていられなかった。
人気のない山中で車を棄て、さらに茂みの奥へとスコップを持ってすすんだ。そこで穴を掘った。が、これは香坂を埋めるためのものじゃない。
汗だくになって穴を掘り終えたボクは素っ裸になり、衣服と身に付けているものすべてをそこに埋めた。そしてスコップを持ってその場所を離れた。念には念をだ。
あとは裸体の香坂を処分するだけだった。
じつはボクは2種類の爆弾を持っている。時限式の爆弾ネックレスと、500枚の紙束だ。どちらもメガネザルに頼めば、ほい、とあちらの世界から取り寄せてくれる。くわしい仕組みはわからないけど、霊力が物質に変換されたものであるらしい。
ボクが普段よくつかうのは紙束のほう。1枚1枚が紙幣サイズだが、もちろん本物のお金ではなく古新聞でできている。まったくメガネザルのやつ、どうせなら現金を召喚しろっての。
この紙束を解いて全身に貼ってやる。すると、15分くらいで肉体は完全消滅する。いつもはボクが遊んだ女性を「完全に」始末するためにつかっているんだけど、まさか自分の身体に貼ることになるとは。
まあ、宿替えのときはいっつも、こうしているんだけどね。




