21本目
マスタード野村こと野村茂男。吉田さんから紹介されたこの、ずんぐりむっくりで童顔な25歳を連れて、ボクはある場所へと向かった。
野村は喋り方こそヘンだったが、さすが占い師吉田の弟子だけあって、いまのボクたちの状況を理解し的確なアドバイスをしてくれた。
「アンタらにとって大切な広告記事が消えたってことは、しらぬ間に世界線が変動していた、てことだど」
「そうなるね」
「世界線が変わるとき、きまってフラッシュが起きるのは、しっているかど?」
「ああ、これまで何度も体験したよ」
「つまり今回は、アンタらのしらぬところでフラッシュが起きたんだど」
「そうなるね」
「いつ、どこでフラッシュが起きたか、しりたくないかど?」
思わず息を飲んだ。そして彼にたずねた。
「それを調べる方法があるの?」
「任せろど」野村は胸を叩いて言った。ぶよぶよの腹が波を打つ。「オラの能力は『念写』なんだど」
「……すごい。つまり、きみは心霊写真を撮るみたいにして、あの閃光を写すことができるんだね」
「しかも日付けと時刻入りだど。もちろん写真を撮った日時じゃないど? フラッシュが発生した日時だど」
すごい、さすが吉田さんのお弟子さんだけのことはある。
何がすごいって、吉田さんとはけっこう長い付き合いなのに、いままでマスタード野村の存在をボクたちがしらなかったことだ。
「で、問題の場所だけど……」
「吉田先生の指示で、まず、青山という男の家を写してみるど」
なるほど! それで吉田さんは電話で、ボクたちと青山の接点を聞いたわけか。おそろしいわ、この師弟……。
たしかに、青山が遡行を経験しているというのなら、彼の近くでフラッシュが発生しているはず。
事務所で野村の話を聞いていたボクと若林くんは、ただ、あんぐりと口を開けるのみだった。
そんなわけで、若林くんには事務所で留守番をしてもらい、ボクは野村とともに青山の住むアパートへ行くことになった。彼のアパートは偶然にも香坂宗雄とおなじ胃の頭線沿線にあった。
事務所へ戻ると若林くんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、所長。……あれ、野村さんは?」
「ああ、いい仕事ができたんでね。とりあえず彼に謝礼を払って、今日のところは帰ってもらった」
「そうですか。謝礼って、どれくらい?」
「青山にもらった額の半分」
「1万円ですね」言って彼女は笑った。
若林くんにお茶を淹れてもらい、ひと息ついたあと、ボクは彼女に仕事の成果を報告した。
青山の住んでいるアパート、メゾン漆原102号室の前で、野村は九鬼という念写アプリをつかってみせた。
その結果、期待どおりの画像をゲットすることができた。世界線が変動するときに起きるフラッシュ、それを撮ることができたのだ。
その画像はボク宛てにメールで送ってもらった。現物を見せながら、ボクは若林くんに説明する。
「青山の部屋の前でフラッシュが発生している。日時はおとつい水曜日の20時02分だ」
「わ、すごい」
「世界線の変動により彼はこの世界へ遡行してきた……のは、ほぼまちがいないけど、問題はそこじゃない」
「広告記事の消滅、ですね」
「そのとおり。おとつい水曜日の20時02分に広告記事が消えたかどうかを、たしかめる必要がある。こりゃあ、ひさびさにPメールの出番だぞ」
「吉田さんに電話ですね、ハワイの」