15本目
「あのう、ひとつ疑問が……」
「何じゃ、芽衣」
「星影の席は所長の前方にあったんですよね。彼はきょろきょろと、うしろを振り返ったりしなかったんですか? じゃないと、いつ所長がトイレに立つか、わからないと思うんですけど」
「あ、」と所長は口を開けて言った。「言われてみれば、そうだな」
「ふん、いろいろと不思議な術をつかうヤツじゃからの。うしろに目でも付いているのかもしれん」
女性占い師のめんそーれ吉田さんはそう言って不敵に笑った。
「まだまだ聞かねばならんことは山ほどある。水戸かず子という依頼人のことじゃ」
不意に事務所のインターホンが鳴り、私たちはビクッとした。今日は来客の予定がない。誰だろう……。
吉田さんが目で合図したので私は応対に出た。
玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは佐須刑事だった。前の世界線で彼が私の病室を訪れたことを、つい思い出す。
だが、この現実の世界で私が彼と会うのはどれくらいぶりだろう。いや彼は、基本的には多々木所長に用があるはず。
「ひさしぶりじゃの、刑事」
「ああ、吉田さんもいらしてたんですか。……タッキン、ちょっといいかな」
佐須刑事は所長をタッキンと呼ぶ。何か至急の用事みたいだ。
「さて、ワシはちょっと顔を出しただけだし、帰るとするかの。芽衣、お茶ごちそうさま」
吉田さんが空気を読んで帰る宣言をした。私たちが直前までしていた話もまだ終わっていなかったが、これは吉田さんの判断と思われる。
彼女にはポリシーがあって、それは、魔法と法律がかち合った場合には法律を優先するということ。
私たちもよくしっているように、彼女は呪いレベルを超えたほぼ魔法のような力を持っている。その力で所長と私をよく助けてくれるが、法律、すなわち警察が関与してきた場合には手を引くスタンスを守っている。
さもないと法治国家としての体裁がぐちゃぐちゃになると吉田さんは考えているようだ。佐須刑事はまさに法律の象徴だった。
もちろん、スタンスを曲げてグイグイくる場合もある。所長や私に命の危険が迫ったときだ。
そういう場合には彼女はねじり鉢巻きで対処してくれる。前の世界線での、あの病室のときのように。
吉田さんを玄関で見送ったあと、私は佐須刑事にお茶を出した。彼は私もソファに座るように言った。所長と一緒に話を聞いてほしいと。
「水戸かず子という女が殺された」
「え、」
所長は絶句した。もちろん私もだ。
「死亡推定時刻はおとつい水曜の20時頃だが、遺体発見の通報があったのは昨夜だった。そこから水戸の通話記録などを調べはじめたので、ここへくるのが今日になってしまった。……タッキン、どういうことだ。なぜ彼女はこの事務所に連絡している」
「水戸さんから調査の依頼を受けた。彼女はうちのお客だよ」
「調査?」
「星影アキラという男の素行調査を頼まれた。今週の火曜から調査をはじめて星影を尾行していたが、昨日、ボクは彼に襲われそうになった」
私は固唾を飲んで話の行方を見守った。まさか所長、爆弾ネックレスのことを話すつもりだろうか……。
「何があった」
「この星影という男、よくわからないが催眠術のようなものをつかう。運よくボクは吉田さんから、お呪いをかけてもらっていたので、やつの術中にハマることはなかったけどね」
「マジか……」
佐須刑事はぽりぽりと頬を掻いた。彼も吉田さんのすごさは(具体的な能力はしらなくても)しっている。占い師が法律側の佐須刑事をリスペクトしているように、刑事もまた吉田さんに一目おいている。
それゆえに厄介な展開になるだろうとも彼は予測しているらしい。
「その宝塚みたいな名前の男については、あとだ。……タッキン、おまえは水戸という女のことを、どれくらいしっている」
「全然しらない。彼女自身が話さなかったからね」
「そうか。ちょっと、これを見てくれ」
言って刑事は私たちに1枚の写真を差し出した。




