14本目
Pメールターボという起死回生の一打によって、多々木所長の運命はにわかに明るくなってきた。
女性占い師めんそーれ吉田さんがその準備に取りかかり、あとは送信するのみとなった。
「行くぞ、よいか」
「……お願いします」
目を瞑り苦悶の表情を浮かべて所長は言った。たしかに、めっちゃ怖いよね、これ。
吉田さんが送信ボタンを押すと同時に閃光が迸った。写真館でしか体験したことのないような、ストロボフラッシュみたいな凄まじいやつだった。
視覚が正常にもどると、私は所長の首からネックレスが消えていることに気づいた。所長自身も首に手をやりそれを実感したようだ。
「おおぉおお」
私たちは異口同音に感嘆の声を上げた。そして、これまた同時に頭を抱えた。
めまいにも似た感じを私はおぼえた。いくつか、しらない記憶が蘇ってきた。
所長がネックレスをしていると私が指摘したこと。所長の首から上が吹き飛び、潰れたトマトみたくなったこと。病院で吉田さんと佐須刑事から事情聴取されたこと。
「荒療治だったかの。すまんが、これしか方法はなかった」
「吉田さん、これって……」私はたずねた。「前の世界線の記憶、ですか」
「うむ、これは言わば副作用じゃ。Pメールターボを送ったことで歴史が変わった。ワシらの頭のなかで、探偵がネックレスをしている(はずだ)という認識と、いまそれをしていない現実がぶつかっておる。パラドックスってやつじゃな。この矛盾を説明するために、脳が旧い記憶を引っ張り出そうとする。それが、おまえたちが前の世界線で見た記憶というわけじゃ」
私は所長に聞かずにはいられなかった。
「所長、爆発した瞬間のこと、憶えていますか」
「……」
「芽衣」と吉田さんが吹き出した。「探偵にそれを聞くのは酷というものじゃ」
「ごめんなさい、つい」
言って私は舌を出した。
「さあ探偵よ、話しておくれ。昨夜おぬしがPメールターボを受け取ってからのことを。とくに星影の挙動をな」
所長は頷くと、湯呑のお茶を飲み干した。
「若林くんじゃないけど、頭がこんがらがってヘンな感じだ。昨夜の記憶のほうがあたらしいなんて……」
そう前置きをしたあと所長は昨夜の尾行について話しはじめた。
彼の元にPメールターボが届いたのはカフェに入店した直後だったらしい。
ターボは無印のPメールとちがい、文章ではなく模様が送信される。
それを見た昨夜の所長は当然「?」の状態だったという。まあ、いきなりメールにでかでかと「★」の画像が載っていたら、私でもおなじ反応をするだろう。
昨夜の所長にPメールターボの知識はないから、尾行は続行。自然の摂理にしたがって彼はトイレに立つ。
これまた所長にはしる由もないが、このタイミングで星影が動き出す。所長がトイレに立った一瞬の隙に、例の【★ 星影アキラ】と書かれた紙ナプキンを所長のテーブルに置く。
そういう段取りを踏むはずだった。前の世界線の所長自身が話してくれたことだ。
「いや、焦ったよ。紙ナプキンに星影アキラの名前が書かれたものが、ボクのテーブルに置いてあったんだから。尾行がバレたと覚悟した」
「ときに探偵、」吉田さんがたずねた。「やつの名前のほかに、紙ナプキンに何か書かれていなかったかの。例えばマーク的なものとか」
「マーク? ……いいえ」
その返答を聞いて吉田さんは私に向かって親指を立ててみせた。驚いた。所長はマジで「★」が見えなくなったようだ。
話の腰を折らないように、吉田さんはそれ以上マーク(Pメールターボ)について触れなかった。所長が話をつづける。
「やがて食事を終えた星影が動き出した。ボクは携帯を弄るフリをしてやつと目を合わせないようにした。最悪、彼がボクに接触してくることを想定しながら」
「で、やつは何もせずに素通りして行ったわけじゃな?」
「……ええ」
「まあ、そうじゃろうて。おぬしが催眠術にかかっていない状態ではやつも攻撃できん」




