12本目
【★ 星影アキラ】
「紙ナプキンにはボールペンでそう書かれてあった。いや、焦りましたよ。それがボクのテーブルに置いてあるってことは、取りも直さずホシに尾行がバレているってことでしょ? 彼はボクがトイレに立った一瞬の隙にそれをテーブルに置いたんだ」
多々木所長の弁に熱がこもってきた。女性占い師のめんそーれ吉田さんは黙して語らずの態度をつづけた。
「ヤバかったのは、このあと。全身が金縛りにあったかのように動かない。声も出せないんです。目だけは固定カメラのように星影のうしろ姿をとらえていました。ボクの席は彼からちょっと離れた後方にありましたから。そして、とうとう星影が動き出した。彼はボクと目を合わせることなく素通りして行った。ボクの後方には店の出口があったから、まんまと彼を獲り逃がしたわけだ。……金縛りが解けたのは5分後か10分後か、わからないけど、とにかく冷や汗だらだらだった」
そこまで語り終えると所長はハンカチで額の汗を拭った。彼が心底おそろしい体験をしたことは私にもわかった。
「ホシを獲り逃したじゃと?」
「……ええ」吉田さんの問いに所長は力なく答えた。
「逆じゃよ。ホシがおぬしを獲り逃した。まあワシの助けがなかったら、おぬしはヤツの術中に陥って百パーセント爆死しておったがな」
「ヤツは、いったいどうやって、こんなネックレス爆弾をボクに……はっ」
ほぼノリツッコミみたいなかたちで所長は何かに気づいたらしい。
「想像どおりじゃ。おぬしが金縛りで動けぬうちにホシは背後に回りこみ、その首に死のネックレスをかけた。死のネックレスは、さっきも言ったとおり、他人から指摘されるまで本人には見えぬ。おぬしはその爆弾と一夜を共にしたというわけじゃな。しかし、いずれは爆発する。それが前の世界線では今朝のできごとだった、と」
「どうにか、なりませんか」
「こりゃひさびさに強力な使い手があらわれたようじゃの。腕が鳴るわ」
ひひひ、と吉田さんは笑った。
「芽衣、紙とペンを持ってきて探偵に渡せ。探偵は昨夜見たとおりの、紙ナプキンに書かれてあった文言をそれに書くんじゃ」
私たちは言われたとおりにした。所長は紙に【★ 星影アキラ】と書いてみせた。
「この文字を見せることで、どうやら、ホシは相手を催眠術にかけることができるらしい。もちろん星影本人が書いた文字でなければ効果はない」
「催眠術……」
「現代的な言い方をすれば、な。言霊とか呪いとか、ほかにも呼び方はあるかもしれんが、術の内容についてはまだ全貌がわかっていない。とにかく問題は、探偵がその術中に嵌らないようにすることじゃ」
「あ、もしかして、Pメール……」私はつい言ってしまった。
「ただのPメールじゃないぞ? ワシのそれは二枚刃じゃ」
「……二枚刃」
「そう、吉田のお姉さんとっておきの、な」
「お姉さんはちょっとキビしいんじゃないでしょうか吉田さん」
「探偵よ、おまえは生涯、首から爆弾をぶらさげて生きるかの」
「すみませんでしたーっ。その、とっておきのやつ、教えてくださいお姉さん」
「よろしい」
私は思わず笑ってしまった。この状況で、ふたりとも、よくこんな冗談が言い合えるものだ。
「いまから使うのは通常のPメールではない。区別するためにPメールターボとでも呼ぼうかの。過去へメールを送信するという点は変わりないが、文章ではなく模様を送る」
「パターン……」
「そうじゃ。メールに描かれたパターンを目にした者は、そのパターンが認識できなくなる。まあ、ゆうたらワシ流の出張呪いサービスじゃな」
「そのパターンて、もしかして」
「うむ、『★』じゃ」
なるほど! 私は思わず膝を打った。昨夜の所長にPメールターボを送り、結果的に彼がそのパターンを認識できなくなれば、【★ 星影アキラ】の文字を見ても術にかからないというわけだ。




