11本目
ふと、自分がいま何をしているかわからなくなることが、私の場合よくある。
まさに今朝もそうで、私は事務所のドアのまえに突っ立ったまま、3秒間くらい考え込んでしまった。
「芽衣」
名前を呼ばれ私は振り向いた。しっている顔がそこにはいた。
「吉田さん」
女性占い師の、めんそーれ吉田。彼女と会うのはどれくらいぶりだろう。半年ほど会っていないような気もするし、つい最近会ったような気もする。
さっそく事務所のドアを開けて吉田さんをお通しした。多々木所長はすでにきて仕事をはじめていた。
「久しぶりじゃの、探偵」
「吉田さん……」
所長のリアクションがいつもとちがった。吉田さんの来社に、あきらかに不安を感じているようだった。
「ふむ、これか」言って吉田さんは私を手招きした。「芽衣よ、探偵の様子に変わったところはないかの」
そう言われて気づいた。所長がネックレスをしていることに。
なぜかイヤな感じがした。たしかに所長がネックレスをしているのを私は見たことがない。しかし、これはオシャレとかイメチェンとかそういう次元ではない気がする。不吉とでも言うか……。
「探偵よ、こちらへきて姿見をごらん。何が見えても、けっして触るでないぞ?」
所長はしぶしぶ吉田さんの言葉にしたがった。そして姿見のまえでひっ、と声を上げた。
「何これ……なんでボク、こんなネックレスをしているんだ?」
「落ち着いて聞くがよい。それは爆弾じゃ」
「はぁ?」
「冗談ではない。ワシはおぬしが爆死したという事実を告げられた。ワシ自身の送ったPメールによってな」
「……マジですか」
所長はがっくりと肩を落とした。私がしっているだけでも、3回くらい彼は吉田さんに命を救われている。
未来で所長がどんなヒドい目に遭っても、吉田さんさえ無事であれば彼女がその危機をPメールで教えてくれる。あるいは今日みたく、それを受け取った吉田さん自らが警告しにやってくる。
つまり、ここは大丈夫なほうの世界線ということだ。いや、まだわからないけど。
「そのネックレスは他人に指摘されるまで、おぬしには見えないらしい。そして、おぬしにそれが見えて外そうとすると、爆発する」
「えーっ! ……じゃあ、どうやって外せばいいの、これ」
「そこまではPメールに書かれておらなんだ。つまり、わからんということじゃろ。とにかく爆弾の解除方法がわかるまで、ぜったい外そうとするなよ?」
「最悪だよ、もう」
「それより、おぬしのその潤んだチワワのような瞳。ワシに話したいことがあるんじゃないのか」
さすが吉田さん。所長の不安そうな表情を見抜いていたのだ。
とりあえず私は、ふたりにお茶を淹れてあげた。それで喉を潤すと所長はゆっくりと話しはじめた。
先週Pメールが届き、その指示にしたがって新聞広告を出したこと。広告記事を見た水戸かず子という女性が、星影アキラという男性の素行調査を依頼してきたこと。
ここまでは私もしっている。問題はこのあと、だ。
「昨夜(木曜日)、ホシは調査を開始して以来はじめて会社帰りに寄り道をしました。といっても、ただのカフェです。そこで食事するつもりだったのでしょう。当然ボクもおなじ店に入った。これがなかなか大きなカフェでね、コーヒー1杯が700円もする」
「その情報、必要か」占い師がちくりと言う。
「いいえ」と所長は笑った。「ボクはトイレに立ちました……つまり、一瞬だけ彼から目を離したんです。トイレから戻ると、彼はまだ自分のテーブルで食事を続けていました。ボクはほっとした、のも束の間、自分の席で異変に気づいたんです」
そこで言葉を切って所長はお茶に口をつけた。
「テーブルに紙ナプキンが置いてあり、そこにボールペンで文字が書かれていました」